本稿は、従来の記事をPMBOK® Guide 第7版(2021)以降の考え方に合わせて再構成・加筆修正したものです。第7版は「原則(12のプリンシプル)」と「8つのパフォーマンス領域」に軸足を移し、手法は予測型・アジャイル・ハイブリッドを状況に合わせてテーラリングする前提になりました。
なお、現場で根強く使われる10の知識エリア(第6版まで)も、引き続き有用な分類として併記します。
1. プロジェクトマネジメントの基本方針(2025年版)
- 価値責任はビジネス側(スポンサー/プロダクトオーナー)が持つ。プロジェクトの意思決定は、期待する価値・成果に結びつけて説明する。
- コミュニケーションコストを最小化する設計(情報の単一の参照源、非同期中心、会議は意思決定のためだけに、など)。
- 下流工程の当事者化:テスト・運用・法務・セキュリティなど関連部署を早期に巻き込み、
- **RACI(役割分担表)**で責任範囲を明確化、
- WBSとマイルストーンで依存関係と実施時期を共有。WBSは総スコープの体系化に最適な標準ツール。
- 管理者も仕様を理解し、レビューや変更審査(チェンジコントロール)を客観的に実施。
- コンサルタント/PMは“立場”よりも成功にコミット(利害対立があれば価値基準で判断)。
- 進捗は定量管理:予測型ではWBS+ガント、アジャイルではバーンダウン/ベロシティなどを使い分け。
- 見積りは早く・粗く始めて精緻化(ROM→パラメトリック/ボトムアップ)。
- 心理的安全性を高め、「聞きにくい空気」を作らない。
2. PMBOK®の今(第7版の軸)と、現場で使う第6版の分類
2-1. 第7版:8つのパフォーマンス領域(抜粋)
ステークホルダー/チーム/開発アプローチとライフサイクル/計画/プロジェクト作業/デリバリー/測定/不確実性。成果(アウトカム)と価値に結びつく活動群として設計されています。
12のプリンシプルは、ステークホルダー・価値・システム思考・リーダーシップ・テーラリング・品質・複雑性・リスク・適応力/レジリエンス・変革・チーム・スチュワードシップ等。実務判断の拠り所になります。
予測型プロジェクトのプロセス群(立上げ/計画/実行/監視・コントロール/終結)を体系的に参照したい場合は、**『Process Groups: A Practice Guide』**が第7版の補完資料として提供されています。
2-2. 第6版までの10の知識エリア(現場での共通言語)
- 統合 2) スコープ 3) スケジュール(旧タイム) 4) コスト
- 品質 6) 資源(旧人的資源) 7) コミュニケーション
- リスク 9) 調達 10) ステークホルダー
※用語調整:第6版で「タイム→スケジュール」「人的資源→資源」へ更新。
3. 知識エリア別・実務ポイント(最新版)
① 統合マネジメント
- 異なるマネジメント領域(スコープ/スケジュール/コスト…)を統合的に整合。
- 変更管理を一元化し、成果物のバージョン管理・意思決定記録(変更履歴)を維持。
- 第7版文脈では、価値の測定と学習を通じて計画を反復的に調整(測定/デリバリー領域と連動)。
② スコープマネジメント
- WBSで成果物ベースに分解し、作業パッケージまで落とし込む。アジャイルならプロダクトバックログで漸進明確化。
- スコープ・境界・受入条件(DoD)を定義し、変更要求は統制下で審査。
③ スケジュールマネジメント
- 予測型はガントチャートで依存関係・クリティカルパスを可視化。アジャイルは**反復(イテレーション/スプリント)**でタイムボックス管理。
- 粒度の最適化:タスクを細かくし過ぎると管理工数が増えるため、見通しと制御のバランスを取る。
④ コストマネジメント(見積りの使い分け)
- アナロジー(類推):過去の類似案件の実績を基にトップダウンで当てる初期法。スピード重視。
- パラメトリック:単価×数量など尺度に比例する式で見積もる。
- ボトムアップ:WBSの作業単位で積み上げる高精度法(時間はかかる)。
- ファンクションポイント(IFPUG):ユーザーに提供する機能量でロジカルな規模を測る。技術・言語に依らない。
- COCOMO II:想定LOCや各種係数で工数・期間・要員を算出する代表的モデル。校正データが鍵。
⑤ 品質マネジメント
- QA(品質保証)=プロセスの設計と遵守、QC(品質管理)=成果物の検査・測定。
- 欠陥の予防(QA)と検出(QC)を両輪で回す。第7版では品質はプリンシプルとしても強調される。
⑥ 資源マネジメント(人・物・設備)
- スキルマトリクスで配置最適化。リーダーシップ/チームは第7版の中核領域(チーム領域)でもある。
外部リソースの活用(日本の実務留意点)
- 派遣:雇用関係は派遣元と労働者にあり、派遣先は指揮命令のみ。派遣の受入れは原則同一事業所で3年(手続により延長可)・同一組織単位で同一労働者は3年などの期間制限に注意。
- 業務委託(委任/準委任/請負):指揮命令はなく、成果や役務を自主裁量で提供。検収・瑕疵担保・再委託・秘密保持・成果物の権利帰属等を契約で明記する。
- 著作権の帰属:派遣・委託いずれも契約での取り決めが最優先。日本の著作権法第15条(職務著作)では、一定要件を満たすと使用者(法人等)が著作者となる(プログラムは公表要件不要)。派遣先に自動帰属するわけではないため、契約で明確化するのが実務。
⑦ コミュニケーションマネジメント
- 計画→実行→監視・コントロールの情報設計(誰が何をどこで見るか)。
- ステークホルダー毎に情報の粒度と頻度を最適化(週次レビュー、月次ボード、アドホックの決裁経路)。
⑧ リスクマネジメント
- **不確実性(Uncertainty)を前提に、リスク登録簿と前提管理(Assumption Log)**を運用。
- 回避/転嫁/軽減/受容のいずれかで対応戦略を持ち、早期警戒指標(Leading Indicator)を設定。第7版では「不確実性」をパフォーマンス領域として包括的に扱う。
⑨ 調達マネジメント
- **計画(Make-or-Buy、契約戦略)→実施(入札・選定)→監視(パフォーマンス/変更/支払)→終結(契約完了)**で管理。
- 予測型のプロセス群構成を参照する際は前掲のPractice Guideが有用。
⑩ ステークホルダーマネジメント
- 関係者を特定→分析→関与計画→関与実行→効果測定。第7版のステークホルダー領域と重なる中核テーマ。
4. プロジェクトで使うべき基本ツール
4-1. WBS(Work Breakdown Structure)
- 総スコープを階層化する“背骨”。目的物に対する完全性(抜け漏れ防止)と責任分担の明確化に直結します。PMIのWBS実務標準が実装の良い手引きです。
- 作成と運用を雑にしないことが、優れたPMの条件。
4-2. マスタースケジュール
- 大規模案件では全体工程の見える化が必須。上位のマイルストーンと下位のイテレーション/工程を一枚で俯瞰できるように。
4-3. 課題管理表(Issue Log)
- 課題/障害/意思決定待ち/依存関係を単一の台帳で管理。期限・責任者・次の一手が常に見える状態に。
予測型ではWBS+ガント、適応型ではプロダクトバックログ+カンバン/スプリント。いずれも測定→学習→修正のサイクルで更新します。
5. よくある誤解のアップデート
- 「PMBOKは9分類」→現在は10の知識エリア(第6版)で定着し、第7版は原則と8領域が中心。両者は補完関係として使い分けます。
- 「タイム/人的資源」→名称はスケジュール/資源に更新。
- 「類推見積=ボトムアップ」→類推はトップダウン、ボトムアップはWBSで積み上げる別手法。
- 「派遣成果の著作権は自動で派遣先」→著作権の帰属は契約と職務著作要件で決まり、派遣先への自動帰属とは限らない。法第15条の理解と契約の明確化が必須。
- 「派遣は期間無制限」→同一事業所/同一組織単位で原則3年の期間制限(延長手続あり)。
6. まとめ
PMBOK®第7版は、価値中心・原則ベースへと舵を切りました。一方で、第6版の10知識エリアやプロセス群は、現場で手順や責任を合わせるための共通言語として今も有効です。
WBS・マスタースケジュール・課題台帳といった基本ツールを磨き、見積りのテクニックを状況に応じて使い分け、ステークホルダー/チーム/不確実性のマネジメントを継続的に整える――これが2025年の“強いPM”のベースラインです。
※本稿は法的助言ではありません。派遣期間や知的財産権の取り扱いは、最新の法令・ガイドと個別契約を前提に、専門家へ確認してください。
参考(主要出典)
- PMI『PMBOK® Guide(第7版)』:12のプリンシプルと8つのパフォーマンス領域。Project Management Institute+2Project Management Institute+2
- PMI『Process Groups: A Practice Guide』:予測型のプロセス群の補完ガイド。Project Management Institute
- PMI『Practice Standard for Work Breakdown Structures – 3rd Ed.』。Project Management Institute
- IFPUG:ファンクションポイントの定義。ifpug.org
- USC CSSE:COCOMO II概要。Boehm Center
- 厚生労働省:派遣の期間制限(原則3年)。Ministry of Health, Labour and Welfare
- 著作権法 第15条/文化庁資料:職務著作の要件。e-Gov Law Search+1
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