システム開発における”初期流動管理”で対応すべきことを解説します

システム開発における初期流動管理とは

こんにちは。わさお(@wasataka)です。

システム開発のプロジェクトにおいて、リリース後は「運用・保守」フェーズに移行するのが一般的です。

しかし、多くの場合、リリース後すぐの時期は想定外の不具合や問い合わせが集中し、定常の運用・保守体制だけでは対応しきれないケースが多く見受けられます。このようにシステムリリース直後の短期間で特別な対応が求められる時期を「初期流動期間」と定義し、ここでしっかりとした管理を行うことが“現場の混乱を抑え、スムーズに定常運用へ移行する”ための大きなカギとなります。

本記事では、システム開発における「初期流動管理」の考え方や具体的に気を付けるべきポイント、そして運用・保守に切り替わってからの注意点などを解説していきます。

初期流動管理は、製造業由来の概念をIT分野に適用させた考え方ですが、そのエッセンスはプロセスの安定化や品質確保、そして早期の障害発見・対策という点でシステム開発にも大きな示唆を与えてくれます。

これを機に、リリース後の運用設計について改めて考えてみてはいかがでしょうか。

1. 初期流動管理とは

製造業の「初期流動」から学ぶ

そもそも初期流動(Early stage control)という言葉は、製造業でよく使われています。モノを製造する工程では、まず企画段階でアイデアを練り、設計・開発段階で製品仕様を固め、試作やテスト製造を経てから量産へ移行します。量産開始後の最初の一定期間を「初期流動期間」と呼びますが、この時期は製造ラインの不安定さや、思わぬ不具合発生が多く、工程全体が落ち着くまでに時間を要するのが一般的です。

この不安定な時期に特別な体制を敷き、問題を早期にキャッチアップして対処することで、量産体制が早く安定し、高品質かつコスト面でのメリットを得やすくなるわけです。これが製造業における「初期流動管理」です。

システム開発への応用

一方、システム開発でもリリースに向けて要件定義、設計、開発、テストを経て、本番環境へのリリースを行います。リリース直後にはさまざまな問い合わせや障害が発生しやすいのは、製造業の初期流動期間と同じような構造だからです。

実際に、本番運用でしか分からない負荷やユーザーの操作状況、想定外のデータ入力など、テスト環境では検知しきれなかった問題が表面化する可能性があります

そのため、リリース後に一定期間は“特別な対応体制”を敷く必要があります。これがシステム開発における「初期流動管理」だというわけです。

2. 初期流動期間前に準備すべきことは?

初期流動計画の重要性

初期流動期間を設けるのであれば、その前段階で「初期流動計画」を作成しておくことが望ましいです。製造業においても、量産を始める前に初期流動管理計画を定め、それに基づいて体制構築をします。

システム開発でも、初期流動期間中に起こりうる事態や対応フローを事前に明確化することが大切です。

初期流動計画書に含める項目

  • 初期流動期間の定義
    「いつからいつまでを初期流動期間と呼ぶのか」を明確にします。リリース日から2週間なのか、1か月なのか、プロジェクトの規模やシステムの重要度によって設定は変わりますが、あまり漫然と長く設定しすぎるのも良くありません。適切な範囲を決めましょう。
  • 初期流動体制
    誰がどういう役割を担い、どのようなフローで動くのかを決めます。たとえば、開発ベンダー主導で不具合対応を行うのか、社内の運用チームと一緒に協力するのか、あるいは別途初期流動専門のチームを組むのかなど、関係者のアサインを明確化します。
  • 初期流動期間中の対応フロー
    障害や問い合わせが発生した際に、どのようなプロセスで対応するかを整理します。まずは受付窓口、次に障害切り分けの担当、そして根本原因調査や対策実施の担当など、フロー図を作っておくとスムーズです。
  • 初期流動期間中の稼働評価基準
    たとえば「重大障害が週に何件以上発生したら初期流動期間を延長する」というように、明確な基準を設けておくとよいでしょう。これがないと、「まだなんとなく不安だから」「もう少し様子を見たいから」など、定量的でない理由でズルズルと初期流動期間が延びるリスクがあります。
  • 初期流動期間中の評価会議日程
    定期的に障害や問い合わせの状況をレビューする場を設け、必要に応じて対策を講じたり優先度を見直したりします。この会議日程をあらかじめスケジュールに組み込んでおくことで、関係者の出席も確保しやすく、情報共有が円滑になります。
  • 初期流動期間の終了基準
    初期流動期間が“どの段階で終わりを迎えるのか”を明確にしておくことで、きちんと定常運用へバトンタッチしやすくなります。終了基準は前述の稼働評価基準と合わせて設定することが多いです。

こうした計画をあらかじめ作成しておけば、初期流動期間中の混乱を最小限に抑えられます。また、上位管理者や他部門との調整もスムーズになり、コストやリソースの配分においても合意形成がしやすくなるでしょう。

3. 初期流動期間中にするべきことは?

初期流動期間中は、通常の運用・保守フェーズとは違い、より手厚いサポートと迅速な問題解決が求められます。

以下に挙げるポイントはあくまで一例ですが、いずれも初期流動期間を“円滑に乗り切る”ために重要な要素です。

3-1. 保守メンバーも交えて引き継ぎ内容を整理する

リリースに向けたプロジェクトチームと、実際に定常運用を担う保守メンバーとの間での引き継ぎは、初期流動期間に入る前後で綿密に行うべきです。特に、以下のような点を押さえておくとスムーズです。

  • 運用手順書の整備
  • 問い合わせに対するFAQやマニュアルの作成
  • インシデント管理ツールの運用方法の確認
  • ベンダー側のサポート窓口の連絡先・対応時間帯の共有

保守メンバーとの認識のズレが大きいと、本番障害が発生した際に「誰がどの範囲を対処すべきか」分からず、対応が遅れたり重複したりする可能性があります。

プロジェクトチームや開発ベンダーだけでなく、運用・保守を担うメンバー全員が共通の理解を持てるように、文書化と周知を念入りに行いましょう

3-2. 本番障害対応は業務影響を重視する

開発・テスト段階での障害対応は、基本的に「いかに早くバグを修正してテストを再開するか」が優先されます。しかし、本番稼働中の障害対応では、まず「業務に与える影響をどれだけ抑えられるか」を重視します。

場合によっては、即座にアプリケーションを停止するほうが被害を小さくできるケースもあれば、逆に代替処理を行って業務を継続するほうがダウンタイムを減らせることもあります。

この判断を適切に下すためには、事前にインパクト分析のフローを確立しておく必要があります。

例えば、どの機能が止まったら売上に直結するのか、どの情報が漏えいすると会社の信用に傷がつくのか、といった観点で事前評価を行っておくと、本番障害が起きた際の対応がスピーディかつ的確になります。

3-3. 社内原因の本番障害は再発防止策を検討する

システム障害の原因には、外部要因(ネットワーク障害、外部サービスの停止など)もあれば、プログラムの不具合や設定ミスなどの社内要因もあります。社内起因の不具合が明らかになった場合は、なるべく早い段階で恒久対策を検討し、再発防止策を講じましょう。

この際に大切なのは、「なぜその不具合がテストで検知されなかったのか?」 という点まで掘り下げることです。たとえば、テストデータの作り方が不十分だった、レビュー体制が機能していなかった、仕様変更が正しく共有されていなかったなど、開発プロセスの課題を洗い出し、改善につなげることが重要です。

3-4. 初回稼働前の事前データチェック

新しいシステムが本番環境で動き始める前には、データ移行やマスタ設定のミスがないかを細かくチェックすることをおすすめします。例えば、データ移行時に桁数が合わない項目がある、移行手順で本来必要なデータを取りこぼしている、不要なテストデータが紛れ込んでいる、といったケースが少なくありません。

こうしたチェックを怠ると、思わぬタイミングでデータ不整合が発生し、システム障害や業務への混乱を招く恐れがあります。初回稼働前にしっかりとチェックリストを作り、異常値や不要データを洗い出して対応しましょう。

3-5. 課題管理表と障害管理表の整理

初期流動期間中は、とにかく障害や課題が山のように発生しやすい時期です。そこで重要なのが、課題管理表や障害管理表の整理・運用ルールの徹底です。

誰がいつ、どのような原因で発生した障害を、どこまで対応しているのかを可視化しておかないと、同じ障害に複数人が重複対応してしまったり、逆に誰も対応しないまま放置されたりするリスクがあります。

この管理表は、可能であれば運用保守チームからだけでなく、現場のユーザー側からも参照できるようにしておくと、問い合わせが重複したり無駄な混乱が起きたりするのを防ぎやすくなります。

4. 定常運用・保守体制に切り替わった際のポイントは?

初期流動期間が終わったあと、無事に定常運用・保守体制へ移行することになりますが、ここで気を抜いてしまうと、せっかく初期流動期間に蓄積したナレッジが活かされなくなってしまいます。

以下のポイントに留意し、定常運用への移行をスムーズに行いましょう。

4-1. 保守契約の対応範囲と費用を明確にする

システム障害の原因は多岐にわたりますが、保守契約でカバーする範囲を曖昧にしていると、いざというときに「これは保守範囲外です」と言われ、追加費用を請求される可能性もあります。特に以下のような点はしっかり確認しておきたいところです。

  • ハードウェア故障への対応
    サーバーやネットワーク機器など、インフラ部分の保守範囲はどうなっているのか。オンプレミス環境かクラウド環境かによっても異なります。
  • アプリケーション改修の対応
    法改正や業務フロー変更によるシステム改修が必要になった場合、それは保守契約に含まれるのか、それとも別途見積もりが必要なのか。
  • 障害対応のSLA(サービスレベルアグリーメント)
    重大障害の場合は何時間以内に対応開始するのか、平日日中以外の時間帯はどうするのか、といった対応レベルを明確にしておく。

こうしたポイントを事前に取り決めておかないと、運用開始後に保守ベンダーから頻繁に追加費用を請求される、あるいは対応の遅延が続くなどのトラブルを招きかねません。初期流動期間後に安心して運用を回していくためにも、契約内容を再確認しておきましょう。

4-2. 障害発生時は暫定対応 ⇒ 根本対応の順で行う

システムの障害が発生したときに最優先されるのは、現場やお客様に与える影響を最小限に抑えることです。そのため、まずは「暫定対応(一次対応)」を行ってサービスや業務を継続できる状態に持っていくことが重要となります。具体的には以下のような処置が考えられます。

  • バックアップシステムへの切り替え
  • ワークアラウンドとなる代替手順の提示
  • 該当機能のみ一時停止し、他機能は継続稼働

この暫定対応によって、業務が止まるリスクを回避・最小化したら、今度は「根本対応(恒久対応)」に取り掛かります。原因を突き止めたうえでプログラムの修正や構成変更、プロセス改善などを行い、再発防止を図ります

この二段階対応をしっかり回すことで、現場に大きな混乱を起こさずに長期的な品質改善を進めることができます。初期流動期間が終わってからも、この基本ルールは変わりません。

定常運用になったとはいえ、障害がゼロになるわけではないので、暫定対応と根本対応の流れをチーム全員が理解しておくことが大切です。

まとめ

システム開発プロジェクトにおける「初期流動管理」は、製造業由来の概念をベースにしつつ、システムリリース直後の不安定な時期を特別な体制で支える考え方です。

多くのプロジェクトでは、リリース後のトラブルに備えて「なんとなく待機する」形になりがちですが、きちんと計画を立てて体制を構築し、明確な終了基準を設けることで、リリース直後の混乱を大幅に減らすことができます。

  • 初期流動期間前:初期流動計画を策定し、体制やフロー、稼働評価基準、終了基準などを明確化する。
  • 初期流動期間中:障害や問い合わせが集中しやすいので、保守メンバーも交えた引き継ぎ内容の整理、本番障害対応の優先順位付け、データチェックや課題管理表の運用などを徹底する。
  • 定常運用・保守体制移行後:保守契約範囲を再確認し、障害対応時はまず暫定対応で被害を抑え、次に根本対応で再発防止を図る。

これらを実施することで、システムリリース後の初期トラブルや現場混乱を最小限に抑えられます。結果として、ユーザーの信頼度向上や、運用・保守担当の負荷軽減、ひいてはシステムの長期的な安定稼働につながるでしょう。

プロジェクトによって規模や業務内容、求められる稼働水準は異なるため、全てを同じテンプレートで対応するのは難しいかもしれません。しかし「初期流動管理を意識しておく」ことで、リリース後の運用・保守において想定外の事態に慌てず対応できる体制が整います。ぜひ、皆さんのプロジェクトでも初期流動期間の重要性を認識し、円滑なシステム移行を実現してみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後もシステム運用やプロジェクト管理に関する情報を発信していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

5.参考書籍

情報システム担当者の目線でシステム開発について書いた本です。
ゴリゴリのエンジニア向けというよりは、システム全体像を俯瞰する立場の情報システム担当者やITコンサルにおススメの本です。是非一読してみてください。