固定系ネットワーク(ブロードバンド・有線ISPなど)と移動体ネットワーク(セルラーネットワーク、モバイルキャリアなど)の構成要素を、「アクセス」「トランスポート」「コア」という3つの観点から比較・解説する記事です。ネットワークエンジニア向けに、インフラ構成や技術的要点にフォーカスしてまとめてみます。
目次
はじめに
ネットワークインフラは大きく「アクセス」、「トランスポート」、「コア」という3階層に分割して考えることが一般的です。固定系ネットワークと移動体ネットワークは、提供サービスやユーザー環境はもちろんのこと、これらの層で採用される技術、アーキテクチャ、運用上の要件も大きく異なります。
本記事では、固定系(Fiber to the Home (FTTH), xDSL, ケーブルネットワークなど)と移動体(LTE, 5Gなど)を例に、アクセス、トランスポート、コア層でどのような違いがあるのか、要点を整理します。
アクセス層(Access Layer)の違い
固定系アクセス
主な技術・構成要素:
- FTTH(GPON, EPONなど)
- xDSL(VDSL、ADSLなど)
- DOCSIS(ケーブルインターネット)
固定系アクセスの特徴は、専用または準専用的な物理経路(光ファイバー、銅線、同軸ケーブル)が各顧客宅まで敷設されており、基本的には「敷設した物理ラインに基づく1:1または1:複数(PON構成)の静的な提供」を行う点にあります。
帯域幅は光アクセスであれば100Mbpsから10Gbpsクラスまで増速が可能であり、安定した低遅延かつ高スループットが期待できます。物理リンクが固定であるため、トポロジや最適化は比較的シンプルで、保守・運用の対象も特定しやすいというメリットがあります。
移動体アクセス
主な技術・構成要素:
- 無線基地局(eNodeB、gNodeB)
- 無線アクセス技術(LTE, 5G NR)
移動体アクセスは、無線による共有メディアを用いている点が最大の特徴です。電波資源は有限であり、同一セル内のユーザが共有するため、瞬間的なトラフィック変動やセル境界でのハンドオーバなど、動的要因が多く存在します。
5G NRでは高周波数帯(millimeter wave)やMassive MIMOなど新しい技術を駆使し、アクセスレイヤでのスループットや遅延特性は改善されつつあるものの、依然として無線特有の変動性・不確実性が支配的です。
また、ユーザは常に移動することが前提であるため、セル設計(カバレッジ、キャパシティ)やQoS制御(スライシング、動的なRANリソース割り当て)がアクセス層の設計上重要な課題になります。
トランスポート層(Transport Layer)の違い
固定系トランスポート
主な技術・構成要素:
- MPLS, Segment Routing
- OTN(Optical Transport Network), WDM
- 高速イーサネット(10/100/400GbE)
固定系ネットワークのトランスポート層は、比較的安定した物理基盤(光ファイバ)が前提であり、トラフィックは地理的に固定された拠点間を結ぶ形で設計されています。
冗長化やトラフィックエンジニアリングはMPLSやSR(Segment Routing)などのプロトコルを用いて行われ、将来のスケーラビリティや帯域拡張もトランジスタビリティ(10GbEから400GbEなど)を意識して計画的に進めます。
固定系では、ピークトラフィックが比較的予測しやすく、冗長経路確保やQoSは、光伝送やイーサネットスイッチング技術で柔軟に対処できます。
移動体トランスポート
主な技術・構成要素:
- フロントホール、ミッドホール、バックホール構成(C-RANアーキテクチャ)
- 時間同期(IEEE 1588, SyncE)要求の厳格化
- MPLS, Segment Routing, SRv6などのIP/MPLSトランスポート
移動体ネットワークでは、基地局とコア間を結ぶトランスポートネットワークが「バックホール」と呼ばれ、さらに基地局構成が分散型から集中型(C-RAN)への移行に伴い、BBUとRRU間の「フロントホール」やその中間にあたる「ミッドホール」といった新たな概念が登場しています。
無線アクセスの高度化に伴い、フロントホールではきわめて低遅延かつ高精度な時間同期が要求され、専用のトランスポート技術や配置計画が必要です。
また、トラフィックはユーザの移動に応じてダイナミックに変動するため、トランスポート側もスライスやディスアグリゲーションなど柔軟性のあるアーキテクチャが求められます。
コア層(Core Layer)の違い
固定系コア
主な技術・構成要素:
- BNG(Broadband Network Gateway)
- PPPoE, IPoEなどのアクセス認証・集約機能
- シンプルなL3コアルーティング
固定系コアネットワークは比較的シンプルで、BNGを中心としたユーザ認証・課金・QoS制御機構がコアでの主な役割となります。
コアルータ間は高容量かつ低遅延の光伝送をベースに構築されており、ユーザトラフィックはアクセス層でのサービス集約を経てコアへと収束します。基本的には大規模だが比較的安定したトポロジで、レイヤ3スイッチングを中心としたIPネットワークが主流です。
移動体コア
主な技術・構成要素:
- EPC(Evolved Packet Core), 5GC(5G Core)
- AMF/SMF/UPFなどの機能分割・仮想化(クラウドネイティブNF)
- ネットワークスライシングやMEC(Multi-access Edge Computing)との連携
移動体コアは、EPC(4G)や5GC(5G)といった特有のコアネットワークアーキテクチャを持ち、認証(AUSF)、セッション管理(SMF)、ユーザプレーン処理(UPF)など機能が細かく分割・仮想化されています。
5GコアではクラウドネイティブなNF(Network Function)を活用し、マイクロサービス化やスケーリングを容易にしています。また、ネットワークスライシングにより、異なるQoS要求を持つサービス(eMBB、URLLC、mMTCなど)をコアで論理的に分離して扱うことができます。
さらに、MEC(Multi-access Edge Computing)と呼ばれるエッジコンピューティング基盤がコア側とも密接に連携し、分散配置による遅延低減やローカルブレークアウトなど、固定系コアにはないユニークなソリューションが導入可能です。
まとめ
- アクセス層:
固定系は物理的な専用線ベースで比較的安定、高スループットを容易に確保できるのに対し、移動体は無線特有の動的変動、セル設計、ユーザ移動性への対応が必須となります。 - トランスポート層:
固定系はシンプルな点対点、L2/L3光伝送を基盤とする一方、移動体はフロントホール・ミッドホール・バックホールといった複層構造や、精密な時間同期、NFV/SDNなど柔軟性とスケーラビリティが重要になります。 - コア層:
固定系コアはBNGなどを中心としたIPベースの安定した集約・認証基盤であるのに対し、移動体コアはEPC/5GCに代表される仮想化・クラウドネイティブなNFを活用し、ネットワークスライシングやMECとの連携で高度な機能性と柔軟性を発揮します。
これらを踏まえると、固定系はシンプルかつ安定した大容量ブロードバンドを軸に発展しており、移動体は無線特性とモビリティ管理を前提に進化し続けていると言えます。ネットワークエンジニアとしては、これらの違いを理解し、それぞれのネットワーク特性に合わせた設計指針・運用戦略を立てることが求められます。