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自律型ネットワーク(Autonomous Network)とは何か?
近年、通信ネットワークは5G、クラウド化、エッジコンピューティングなど多層的かつ複雑な構造を持つようになっています。また、サービスは多様化・高度化し、ネットワーク運用者は新たなアプリケーションに対応しながら、柔軟なリソース割り当てや高度な品質保証を求められています。
こうした変化に伴い、従来の人手中心のオペレーションでは、最適なネットワーク状態の維持やダウンタイムの最小化、トラブルシューティングの迅速化が困難となりつつあります。そこに登場するコンセプトが「Autonomous Network」、すなわち「自律型ネットワーク」です。
自律型ネットワークは、AI/ML(人工知能・機械学習)の力を借り、ポリシーベース、インテントドリブンな制御により、外部からの詳細指示なしに自己調整・自己最適化を可能にします。こうしたビジョンを具現化するために、標準化団体や業界団体は様々なフレームワークやアーキテクチャを提案してきました。その中でも、通信業界の運用・ビジネスプロセス標準化をリードするTM Forumは、Autonomous Networkを実現する機能コンポーネントを整理した参照モデルを提示しています。
本記事では、TM Forumが示すAutonomous Network実現のための主な機能コンポーネント層を紐解き、各コンポーネントがどのような役割を担い、どのように連携して自律型ネットワークを創り上げていくのかを解説します。
自律型ネットワークのレベルについて
レベル0(Manual / No Automation)
特徴:
ネットワークの構成変更や障害対応が、ほぼすべて人手で行われる。スクリプトや部分的な自動化ツールは存在しない、あるいはごく限定的。
人間の役割:
現場要員や運用担当者が日々のオペレーションの大半を手動で行う。既存のOSS/BSSやExcelシート等に頼った手作業中心の管理。
レベル1(Basic / Partial Automation)
特徴:
一部の運用タスクでスクリプトやツールを使った自動化が導入され始める(例:コンフィグ一括反映、バッチ処理)。ただし、タスクごとに断片的な自動化であり、運用者がまだ深く介在する。
人間の役割:
運用担当者が手動操作とスクリプト実行を組み合わせ、多少の効率化を図る。イベントやアラート発生時、実際の判断・対応は人間が行う。
レベル2(Conditional / Policy-based Automation)
特徴:
ポリシーベースあるいはルールベースの自動化が進み、部分的に閉ループ制御(クローズドループ)が導入される。TM Forum Open APIなどの標準APIやスクリプトを組み合わせて、定型タスクを自動実行する仕組みが普及。イベントやアラートに対して、条件やポリシーが満たされれば自動で対処するケースが一部発生。
人間の役割:
運用担当者はポリシーやルールを作成・管理し、自動化のシナリオを設計。重大な障害対応や例外ケースなどについては、人手の意思決定が必要。
レベル3(High-level / Cooperative Autonomy)
特徴:
AI/MLによる需要予測・異常検知など、高度な分析を活用した自動化が本格化し、複数のネットワークドメインをまたいだ閉ループ自動化が広がる。
ネットワークやサービスの状態を継続的に学習し、通常のアラート対応だけでなく、予兆に基づく予防保守・動的リソース割り当てなどが可能になる。
意図ベース制御(Intent-based networking)が一部実装され、運用者はビジネス要件やSLAを高レベルで定義するだけで、ネットワークの具体的設定は自動化される。
人間の役割:
運用担当者は日常的なルーティンワークから解放され、ビジネスポリシー設定やサービス設計など上位業務に注力。依然としてシステム全体のデザインや例外対応は人間が担うが、AI/MLが提案する推奨策を承認する形に変化しつつある。
レベル4(Full Autonomy / Self-Driving Network)
特徴:
大部分の運用プロセスが自律的・継続的なクローズドループで行われ、人的介在は最小限。ネットワークやサービスはリアルタイムで自己最適化を行い、障害や需要の変動にも自動的に対応。
AI/MLが意思決定の主要部分を担い、意図(インテント)やポリシーを高レベルで設定すると、その範囲内でネットワークが自己進化的に運用される。
人間の役割:
原則として、緊急時の最終承認やルール更新、重要なビジネス上の変更指示のみ。運用担当者が「監視」や「指示」を与える機会はほぼなくなり、主にシステムの大規模アップグレードや新サービス企画時に関わる。
1. インテント&ポリシーマネジメント層
自律型ネットワークの中核的なアイデアは「インテント(Intent)」という抽象的な指令を用いることにあります。インテントは、運用者が「帯域幅を一定以上確保せよ」や「遅延を低減しつつサービス品質を維持せよ」といったビジネス・サービス上の高位目標を示し、それをネットワーク側が自律的に翻訳・実現する仕組みです。そのためには以下のようなコンポーネントが必要になります。
・インテントエンジン
インテントエンジン(Intent Engine)は、「ビジネス上の高位目標」や「抽象的な運用要件」をネットワークやシステムで実現可能なポリシーや設定へ自動的に翻訳する中核的なコンポーネントです。具体的には、ユーザや運用者が「遅延を100ミリ秒以下に保つ」「サービスを24時間止めない」「高優先度トラフィックを常時帯域保証する」といった抽象的(意図=インテント)な要求を入力すると、エンジンがそれを理解・分解し、ネットワーク要素やクラウドリソース、サービス構成、セキュリティポリシーなどを自動的に設定・制御します。
【インテントエンジンの技術要素】 1.ドメイン固有言語(DSL)やデータモデリング ・TOSCA(Topology and Orchestration Specification for Cloud Applications) ・YANG ・JSON/YAML 2.AI/MLフレームワーク ・TensorFlow/PyTorch/scikit-learn ・NLPライブラリ(spaCy,NLTKなど) 3.ポリシーフレームワーク・ルールエンジン ・Drools,Jessなどのルールエンジン ・ONAPPolicy Framework/OPA(Open Policy Agent) 4.SDNコントローラ/オーケストレーションツールとの連携 ・OpenDaylightのNIC ・ONAP(Open Network Automation Platform) ・クラウド/コンテナオーケストレータ(Kubernetes,Terraform,Ansible) 5.ナレッジグラフ/セマンティックモデル 6.ベンダーソリューション ・Cisco DNA Center(Intent-Based Networking) ・Juniper Apstra (Formerly Apstra IBN) ・OpenDaylight NIC / ONAP 7.NLP・ヒューマンインタラクション
・ポリシーマネージャ:変換されたポリシーを一元管理し、全ネットワーク要素に統一的なガイドラインを適用する。
この層が存在することで、人手による詳細な設定作業を極力減らし、要求を抽象度の高い形で提示するだけで、ネットワーク全体が自発的に目標達成へ動くことが可能となります。
【ポリシーマネージャの技術要素】 1.ルールエンジン/ポリシーフレームワーク ・Drools ・Jess ・IBM Operational Decison Manager(ODM),Red Hat Decision Manager 2.ポリシーエンジン ・OPA(Open Policy Agent) ・Kyverno(Kubernetes向けポリシーエンジン) 3.モデル駆動型アプローチ ・TOSCA/YANG/JSON Schema ・セマンティックモデリング/ナレッジグラフ 4.AI/ML連携 ・予兆検知・最適化提案 ・自然言語解析(NLP) 5.API・インターフェース ・TM Forum Open API / RESTful API
2. 分析/AI・ML&データ管理層
インテントに従い自律的に行動するには、ネットワーク状況を正確かつリアルタイムに把握し、予兆をつかんで先回りする分析能力が不可欠です。ここで鍵となるのがデータとAI/MLです。
データレイク/データプラットフォーム
ネットワーク機器からのテレメトリ情報、サービス品質指標、ユーザトラフィック傾向、外部環境情報など膨大なデータを蓄積・管理し、分析に適した形で提供します。
AI/MLエンジン
この膨大なデータを用いて異常検知、根本原因分析(RCA)、トラフィック予測、リソース最適化戦略などをAI/MLによって自動的に抽出・提案します。
知識グラフ/セマンティックモデル
データ間の関係性や意味をモデル化して、より高度な推論を可能にします。これにより、単なる数値監視から一歩踏み込み、複雑なインフラやサービス要素間の因果関係を理解できます。
これらのコンポーネントにより、ネットワークは「今、何が起きているか」を可視化し、「これから何が起きそうか」を予測しながら、自ら最適な行動を選択できるようになります。
3. オーケストレーション&制御層
インテントやポリシー、AI/MLで得た分析結果を実際のネットワーク構成変更やリソース割り当てに反映するには、マルチドメインかつエンドツーエンド(E2E)でサービスを扱えるオーケストレーション機能が必要です。
E2Eサービスオーケストレーター
E2Eサービスオーケストレーターは、アクセス(RAN)、トランスポート、コア、エッジ、クラウドといった多様なネットワークドメインやテクノロジースタックを横断的に扱い、サービスを論理的な「E2Eチェーン」として統合管理します。
これにより、従来は異なる専門チームやシステムが個別に扱っていたセグメントごとのサービス構築・設定・運用を、一貫したフレームワークの中で自動化・標準化することが可能となります。
【E2Eサービスオーケストレーターの技術要素】 1.モデル駆動型アプローチ ・TOSCA ・YANG ・JSON/YAMLベースの定義 2.オーケストレーションフレームワーク・プラットフォーム ・ONAP(Open Network Automation Platform) ・ETSI OSM(Open Source MANO) ・Cisco NSO(Network Services Orchestrator) ・Nokia CloudBand/NetAct ・Ericsson Orchestrator /Amdocs / Netcracker 3.オーケストレーションツール ・Kubernetes ・Terraform ・Ansible 4.BPM/ワークフローエンジン ・BPMN(Business Process Model and Notation) / BPEL 5.閉ループ制御・AI/ML分析との連携 ・DCAE(Data Collection,Analytics and Events) in ONAP ・AI/MLフレームワーク(TensorFlow,PyTorch,scikit-learn) 6.メッセージング基盤・イベント駆動アーキテクチャ ・Kafka,RabbitMQ,ActiveMQ 7.APIゲートウェイ・外部連携 ・TM Forum Open API ・Netconf / RESTCONF / gRPC
ドメインオーケストレーター/コントローラ
ネットワークは、多様なドメインから成り立っています。たとえば、モバイルアクセス(RAN:無線アクセスネットワーク)、コアネットワーク、IPトランスポート、エッジクラウド、固定ブロードバンド、SD-WANなど、技術仕様や制御プロトコルが異なる領域が数多く存在します。
ドメインオーケストレーターは、各ドメイン固有のテクノロジーやAPI、デバイス設定手法に精通し、それぞれに合わせたオーケストレーションやプロビジョニング処理を担います。
帯域の割り当てや自動構成更新など、モバイルアクセス特有のタスクを専門的に扱います。一方、トランスポートドメインオーケストレーターであれば、ルータやスイッチ、光伝送装置などのL2/L3リソース、VPN構成、パスコンピューティングといったトランスポート専用の機能に最適化されています。
【ドメインオーケストレーター/コントローラの技術要素】 1.RANドメイン ・O-RAN SC / Near-RT RIC ・Vendor RAN Orchestrator 2.トランスポート(IP/Optical)ドメイン ・Cisco Crosswork ・Nokia NSP(Network Services Platform) ・Juniper Paragon 3.コアネットワーク ・Nokia CloudBand,Ericsson Cloud Core,Huawei CloudCore ・Open Source MANO(OSM) / ONAPの一部コンポーネント 4.SD-WAN/エッジドメイン ・VMware SD-WAN Orchestrator ・Cisco SD-WAN vManage / Juniper Session Smart Conductor ・OpenNESS / KubeEdge
閉ループ制御機能
閉ループ機能は、自律型ネットワークを「状況に合わせて常に最善の状態を保つ動的なシステム」へと変えます。これにより、従来はオペレーターが監視ツールを睨み、トライアンドエラーで対処していた作業を自動化し、人間はより戦略的な業務やサービス企画に注力できるようになります。
また、高度なAI/ML技術やモデル駆動型アプローチと組み合わせることで、閉ループ制御の精度や俊敏性はさらに向上し、将来的なネットワーク運用の新たなスタンダードとなると期待されています。
ループ制御は、一般に「OODAループ(Observe, Orient, Decide, Act)」や「MAPE-Kループ(Monitor, Analyze, Plan, Execute over a Knowledge base)」といった手法になぞらえて説明できます。具体的には、
- 観測(Monitoring / Observe):ネットワーク機器やサービス品質指標(QoS)、トポロジ、遅延、スループット、エラーログ、利用率など、さまざまなメトリクスをリアルタイムで収集します。
- 分析(Analyze / Orient):収集したデータをAI/MLエンジンや異常検知アルゴリズムにより解析・評価し、問題の有無や潜在的なリスク、最適化の余地を抽出します。
- 計画・意思決定(Decide / Plan):分析結果から得た知見をもとに、最適な対処策(例:経路変更、帯域増減、負荷分散の再調整、コンフィグ更新、リソース割当変更)を自動的に策定します。
- 実行(Act / Execute):計画された対処策をオーケストレーション・制御層を通じてネットワークリソースやサービスへ適用し、ネットワーク状態を改善します。
この一連の流れが「閉ループ」と呼ばれるのは、ネットワークが改善策を実行した結果が再び観測フェーズにフィードバックされ、継続的な最適化が繰り返されるためです。
【閉ループ制御機能の技術要素】 1.監視・観測 ・テレメトリ収集ツール(Prometheus,Telegraf/Collectd/Fluentd) ・ネットワーク可視化・モニタリングプラットフォーム(SNMP/NetFlow/sFlow/IPFIX) ・Streaming Telemetry(gNNI/gRPC) 2.AI/ML・異常検知フレームワーク ・TensorFlow/PyTorch/scikit-learn ・Anomaly Detection用ライブラリ(PyOD,Twitter AnomalyDetection) ・RCA(Root Xause Analysis) ・Knowledge Graph 3.大規模データ処理基盤 ・Apache Kafka /RabbitMQ / Pulsar ・Hadoop / Spark / Elasticsearch 4.ポリシーマネージャ/ルールエンジン ・Drools/Jess/Red Hat Decision Manager ・Open Policy Agent(OPA) ・ONAP Policy Framework 5.オーケストレーションツール ・E2Eサービスオーケストレーター(ONAP,ETSI,OSM,Cisco NSO) ・ドメインオーケストレーター 6.SDNコントローラ・クラウドコントローラ ・OpenDaylight / ONOS / Vendor SDN Controllers ・Kubernetes / Terraform /Ansible 7.ロールバック / トランザクション管理 8.インベントリシステム ・Service/Resource Catalog & Inventory 9.ナレッジグラフ/セマンティック情報 ・Neo4j/JanusGraph 10.イベントハブ・ブローカー ・Apache Kafka / RabbitMQ / Apache Pulsar 11.サービスメッシュ/マイクロサービス連携 ・Istio/Linkerd
4. 保証&SLAマネジメント層
自律型ネットワークは常に理想的な状態を保てるわけではありません。サービス品質(QoS)やSLA(サービス品質保証契約)を満たしているかを厳密にモニタリングし、問題を速やかに特定・解決する仕組みが必要です。
アシュアランスエンジン
アシュアランスエンジン(Assurance Engine)は、自律型ネットワークにおける「品質保証(Assurance)」および「サービスレベルアグリーメント(SLA)遵守」を実現するための中核的機能です。
このエンジンは、ネットワーク運用状態、サービス品質、ユーザ体験(QoE: Quality of Experience)を継続的に監視・評価し、問題発生時には早期に異常を検知・解析して適切な対処を可能にします。
ネットワーク内のあらゆる階層(アクセス、コア、トランスポート、エッジクラウドなど)から取得可能なメトリクスやテレメトリ情報、ログデータ、アラーム情報、エラーレポートなどを統合的に収集・蓄積します。これには、
- 回線品質指標(パケット損失率、遅延、ジッタ)
- 帯域利用率、CPU/メモリ使用率
- サービス応答時間、成功・失敗率、セッション情報
- 顧客エクスペリエンスに関する計測指標(VoLTEコール品質、動画ストリーミング品質など)
といった様々なKPI(Key Performance Indicators)が含まれます。
これらの多様なデータソースを一元的なプラットフォーム上で可視化・分析することで、アシュアランスエンジンはネットワークおよびサービス状態を総合的に把握できます。
【アシュアランスエンジンの技術要素】 1.基盤アーキテクチャ・フレームワーク ・Assurance Loop ・ポリシーマネジャ 2.テレメトリ・メトリクス収集 ・SNMP ・Streaming Telemetry(gNMI/gRPC,YANG-Push) ・sFlow/NetFlow/IPFIX ・Prometheus Exporter / Telegraf /Collectd 3.ログ・イベント管理 ・Fluentd / Logstash ・Graylog / Elastic Stack(Filebeat,Logstash,Elasticsearch,Kibana) 4.分散データ処理基盤 ・Apache Kafka / RabbitMQ / Apache Pulsar ・Hadoop / Spark 5.AI/MLフレームワーク ・TensorFlow / PyTorch / scikit-learn ・PyOD / Twitter AnomalyDetection / Facebook Prophet 6.RCA(Root Cause Snalysis)エンジン ・ルールベース(Drools,Jess,Red Hat Decision Manager) ・ナレッジグラフ/セマンティックモデル(Neo4j,JanusGraph)
根本原因分析(RCA)&異常検知機能
見つかった問題点がどこに起因しているのかを自動的に突き止め、オーケストレータやAIエンジンへ改善提案を返します。これにより、問題発生から対処までの「MTTR(Mean Time To Repair)」を短縮できます。
この層が確立されることで、ネットワークは問題解決においても「自律性」を発揮し、運用者が気付く前に問題を修正することさえ可能になります。
5. リソース抽象化&仮想化層
複雑多様なネットワークリソース(物理機器、仮想化ネットワーク機能、クラウドリソースなど)を扱うには、抽象化が欠かせません。抽象化により、上位レイヤは個別機器に依存しない統一的なリソースビューを得ることができます。
・抽象化レイヤ
異種混在のネットワークリソースを標準化されたモデルで表現し、オーケストレーションや制御ロジックが下位の複雑性を意識せず活用できるようにします。
・インベントリ&トポロジマネジメント
リソース、接続関係、トポロジ情報をリアルタイムで可視化し、各レイヤの制御決定を支援します。
このような抽象化は、自律型ネットワークを効率的に拡張・運用するための基盤となります。
6. カタログ&モデル管理層
自律性を実現するためには、標準化されたサービス・リソースモデルや再利用可能なテンプレートが必要です。
・サービス/リソースカタログ
サービス定義や機能ブロックのテンプレートを格納し、新サービス展開を迅速化します。
・モデル駆動定義
モデル(TOSCA、YANGなど)を用いてリソース・サービス・ポリシーを記述することで、ヒューマンエラーの減少や自動化の促進、マルチベンダー環境での相互運用性確保が可能になります。
これらのモデルは、インテントからリソースまでを一貫した形で扱う「モデル主導の運用」を実現する鍵となります。
7. セキュリティ&トラストマネジメント
自律型ネットワークの高度な自動化は、同時にセキュリティ上の新たな懸念も呼び起こします。自律的に制御するエンティティ同士が安全・信頼性を保つには、セキュリティ&トラストマネジメント層が必須です。
セキュリティ機能
自律型ネットワークは多層的なアーキテクチャ(アクセス、トランスポート、コア、クラウド、サービス層、オーケストレーション層など)で構成されているため、セキュリティ機能も多層的に実装されます。典型的な対策には以下が含まれます。
- ネットワーク層セキュリティ:
暗号化やトラフィックの検査(DPI: Deep Packet Inspection)、ファイアウォール、IDS/IPS(侵入検知・防御システム)などを活用し、外部からの攻撃や内部での不正な通信を検知・遮断します。 - コントロール層セキュリティ:
オーケストレータ、ポリシーマネージャ、アシュアランスエンジン、データプラットフォームなどのコントロールプレーンコンポーネントへの不正アクセスを防ぎ、認証・認可(Identity & Access Management)を強化することで、正当な権限を持つエンティティのみが制御命令を発行できるようにします。 - データおよびAIモデルセキュリティ:
ネットワーク運用や品質管理のためのデータ、学習済みのAI/MLモデルが改ざんや盗難、データポイズニング攻撃を受けないように、データ暗号化、改ざん検知、モデル署名・検証、セキュアなモデルライフサイクル管理を行います。 - アプリケーション層・サービスレイヤーセキュリティ:
APIアクセスやサービス提供インターフェースへの不正アクセス防止、マイクロサービス間通信のセキュリティ(相互TLS認証)などを実施して、オーケストレーションAPIやパートナーエコシステムとの安全な連携を確保します。
アイデンティティ&アクセス管理
自律的な制御を行う各機能コンポーネント(E2Eオーケストレーター、ドメインオーケストレーター、AI/MLエンジンなど)は互いに通信・制御命令を行いますが、その際に求められるのが厳格なアイデンティティ&アクセス管理(Identity & Access Management)です。IAMは以下の要素を含みます。
- 認証(Authentication):コンポーネント間やユーザ、外部システムが相互作用する際に、すべてのエンティティの身元を確立し、なりすましを防ぎます。
- 認可(Authorization):認証済みエンティティに与える権限を厳密にコントロールし、必要最小限の権限のみを付与します。たとえば、ドメインオーケストレーターが特定のリソースに対してのみ再構成権限を持つ、といった細粒度なアクセス制御を実現します。
- 監査(Audit):すべてのアクセス要求、変更要求、構成更新履歴を記録・監査することで、不正行為やコンプライアンス違反があった場合に追跡できるようにします。
8. オープンAPI&エコシステム統合
最後に、これらの機能コンポーネントが相互運用性や外部エコシステムとの連携をスムーズに行うためには、標準化されたオープンAPIやインタフェースが不可欠です。TM ForumはOpen APIを通じて、BSS/OSS、パートナーシステム、外部サービス提供者とのシームレスな統合を可能にしています。これにより、ネットワーク運用とビジネスプロセスが有機的に結びつき、新たな価値創出の道が拓けます。
まとめ
TM Forumが提唱するAutonomous Networkは、単なる自動化を超えた「自律性」をネットワークにもたらします。インテント&ポリシーマネジメント層で抽象的な要求をポリシーへ落とし込み、AI/MLを活用した分析レイヤで賢く状況認識し、オーケストレーション層で実際のリソース制御を行い、保証&SLAマネジメントで品質維持を自動化するといった各機能コンポーネントが有機的に結合して初めて、このビジョンは現実味を帯びてきます。
自律型ネットワークが確立されれば、運用者はより戦略的なタスクに集中でき、サービス提供のスピードや品質向上、オペレーショナルコスト削減といったビジネス上のメリットも享受できるでしょう。TM Forumのフレームワークは、その実現に向けた「青写真」であり、今後も業界の進化とともにアップデートが続くと考えられます。現代のネットワーク運用に携わる方にとって、これらのコンポーネントを理解しておくことは、将来に向けた重要な一歩となるはずです。