【保存版】ITインフラにおけるセキュリティ設計の方法について解説します

現代のビジネス環境において、ITインフラストラクチャは企業の生命線とも言える重要な基盤です。デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速に伴い、システムはより複雑化し、サイバー攻撃の手法も高度化・巧妙化しています。このような状況下において、堅牢で信頼性の高いITインフラを構築するためには、構築後の対策ではなく、設計段階からセキュリティを組み込む「セキュリティ・バイ・デザイン」の考え方が不可欠です。

本記事では、ITインフラにおけるセキュリティ設計の全体像から、ネットワーク、エンドポイント、クラウド、そして運用に至るまでの具体的な設計手法について、網羅的に解説いたします。

Table of Contents

セキュリティ設計の基本原則と概念

具体的な技術論に入る前に、セキュリティ設計の根幹となる基本原則を理解する必要があります。これらが指針となり、迷った際の判断基準となります。

情報セキュリティの3要素(CIA)の確保

セキュリティ設計の目的は、以下の3つの要素を維持することにあります。

  1. 機密性(Confidentiality) 許可された正規の利用者だけが情報にアクセスできる状態を指します。情報漏洩を防ぐための暗号化やアクセス制御がこれに該当します。
  2. 完全性(Integrity) 情報が改ざんや欠損しておらず、正確で最新の状態であることを指します。デジタル署名やハッシュ値による検証などが対策となります。
  3. 可用性(Availability) 必要な時にいつでもシステムやデータを利用できる状態を指します。DDoS攻撃対策やシステムの二重化(冗長化)、バックアップ設計が重要です。

多層防御(Defense in Depth)

一つのセキュリティ対策が突破されたとしても、次の層で脅威を食い止め、被害を最小限に抑えるという考え方です。入口対策、内部対策、出口対策を組み合わせ、システム全体で防御壁を構築します。

ゼロトラスト(Zero Trust)

従来のような「社内ネットワークは安全である」という境界型防御の概念を捨て、「何も信頼しない」ことを前提とする新しいセキュリティモデルです。すべてのアクセスに対して、その都度、厳格な認証と認可を行い、検証します。

ネットワークセキュリティの設計

ネットワークはITインフラの血管であり、攻撃者の侵入経路となり得る最も重要な防御領域です。ネットワーク設計においては、通信の可視化と制御が鍵となります。

ネットワークゾーニングとセグメンテーション

フラットなネットワーク構成は、一箇所が侵害されると全体に被害が及ぶリスクがあります。そのため、役割や重要度に応じてネットワークを分割(ゾーニング)する設計が必要です。

・DMZ(非武装地帯) 外部(インターネット)に公開するWebサーバーなどはDMZに配置し、内部ネットワークと切り離します。 ・内部セグメント 業務システム、データベース、開発環境などをそれぞれのVLAN(仮想LAN)等で分割し、セグメント間の通信をファイアウォールで厳格に制御します。

ファイアウォールとIDS/IPSの配置

ネットワークの境界にはファイアウォールを設置し、許可されたポートとIPアドレス以外の通信を遮断します。近年では、アプリケーション層の制御が可能な次世代ファイアウォール(NGFW)が主流です。また、不正侵入検知システム(IDS)や不正侵入防止システム(IPS)を導入し、トラフィックの内容を検査して異常を検知・遮断する仕組みを導入します。

通信の暗号化

ネットワーク上を流れるデータを盗聴や改ざんから守るため、通信経路の暗号化を設計します。Web通信におけるTLS(Transport Layer Security)の適用はもちろんのこと、拠点間通信やリモートアクセスにおいては、VPN(Virtual Private Network)やIPsecを活用し、安全なトンネルを構築します。

次世代ファイアウォール(NGFW)

従来のファイアウォールがIPアドレスとポート番号で通信制御を行うのに対し、NGFWはアプリケーションの種類(Twitter、Box、Skypeなど)やユーザーIDを識別して制御します。また、IPS(不正侵入防止)やアンチウイルス機能を統合しています。

【代表的な製品】
・Palo Alto Networks PAシリーズ
・Fortinet FortiGate
・Cisco Firepower

SASE(Secure Access Service Edge)/ZTNA(Zero Trust Network Access)

テレワーク環境におけるVPNの代替または進化形として注目されています。クラウドベースでネットワーク機能とセキュリティ機能を提供し、ユーザーがどこにいても安全に社内リソースやインターネットへアクセスできる環境を提供します。VPNのように一度接続すればネットワーク全体に入れるのではなく、認可された特定のアプリにのみ接続させる「ゼロトラスト」を実現します。

【代表的な製品】
・Zscaler Internet Access / Private Access
・Cisco Secure Connect Netskope

【入門編】Zscalerとは何か | vpnとの違いは?

Webフィルタリング/SWG(Secure Web Gateway)

社内から危険なWebサイトへのアクセスをブロックしたり、業務に関係のないサイトの閲覧を制限したりします。近年はクラウド型のSWGが主流で、SSL/TLS通信の復号化と検査機能が重要視されています。

【代表的な製品】
・Digital Arts i-FILTER
・Symantec Web Protection
・Zscaler Internet Access

エンドポイントセキュリティの設計

テレワークの普及により、PCやスマートフォン、タブレットといった「エンドポイント」が社外で利用される機会が急増しました。従来の境界型防御だけでは防ぎきれない現在、エンドポイントセキュリティの重要性は極めて高くなっています。

EPPとEDRの導入

エンドポイントの保護には、大きく分けて二つのアプローチがあります。

  1. EPP(Endpoint Protection Platform) いわゆるウイルス対策ソフトです。マルウェアの侵入を未然に防ぐことを目的とします。
  2. EDR(Endpoint Detection and Response) 侵入されることを前提とし、侵入後の不審な挙動を検知し、迅速な対応(隔離や調査)を支援するソリューションです。

現代の設計では、EPPによる予防とEDRによる事後対応の両方を組み合わせることが推奨されます。特に標的型攻撃やランサムウェア対策において、EDRは必須の装備となりつつあります。

資産管理とパッチマネジメント

管理されていない端末(シャドーIT)はセキュリティホールとなります。IT資産管理ツール(ITAM)やMDM(Mobile Device Management)を導入し、組織内のすべてのハードウェアとソフトウェアを把握します。 また、OSやアプリケーションの脆弱性を突く攻撃を防ぐため、セキュリティパッチを迅速かつ強制的に適用する運用フローとシステム的な仕組み(WSUSなど)を設計に盛り込みます。

デバイス制御

USBメモリなどの外部記憶媒体を経由した情報持ち出しやマルウェア感染を防ぐため、デバイス制御機能を用いて、許可されていないデバイスの接続を禁止または読み取り専用に設定します。

EPP(Endpoint Protection Platform)

いわゆる従来型のウイルス対策ソフトです。既知のマルウェアファイルの特徴(シグネチャ)と照合して検知・駆除します。最近はAI(機械学習)を用いて未知のマルウェアを検知できる「次世代アンチウイルス(NGAV)」機能を含むものが一般的です。

【代表的な製品】
・Trend Micro Apex One
・Symantec Endpoint Security

EDR(Endpoint Detection and Response)

マルウェアの感染やサイバー攻撃を受けたことを前提に、その挙動を検知して管理者に通知し、感染端末の隔離や原因調査を支援するツールです。侵入を100%防ぐことは不可能であるという前提に立った、現代の必須ソリューションです。

【代表的な製品】
・CrowdStrike Falcon
・SentinelOne Singularity
・Microsoft Defender for Endpoint

UEM(Unified Endpoint Management)/MDM(Mobile Device Management)

PC、スマートフォン、タブレットなどの多様なデバイスを一元管理するツールです。紛失時のリモートロック・ワイプ(データ消去)、パスワードポリシーの強制、アプリの配信などを行い、デバイスの状態を健全に保ちます。

【代表的な製品】
・Microsoft Intune
・VMware Workspace
・ONE LANSCOPE

サーバーおよびクラウドインフラのセキュリティ

アプリケーションやデータが格納されるサーバーおよびクラウド環境は、守るべき情報の宝庫であり、攻撃者の最終目標地点です。

サーバーの堅牢化(ハードニング)

OSやミドルウェアの不要なサービスやポートを停止し、攻撃対象領域(アタックサーフェス)を減らします。また、デフォルトのパスワードを変更し、特権IDの管理を厳格化します。

クラウドセキュリティと責任共有モデル

AWSやAzure、Google Cloudなどのパブリッククラウドを利用する場合は、「責任共有モデル」を正しく理解する必要があります。クラウド事業者が物理的なインフラやネットワーク基盤のセキュリティを担保する一方、OS以上の設定、データ、アクセス権限の管理は利用者の責任となります。

・CSPM(Cloud Security Posture Management) クラウドの設定ミス(公開バケットなど)を自動検知するツールを活用し、設定の不備による事故を防ぎます。 ・CWPP(Cloud Workload Protection Platform) コンテナやサーバーレス環境など、クラウドワークロード自体の保護を行う仕組みを導入します。

CSPM(Cloud Security Posture Management)

クラウド環境の設定ミスを継続的にチェックするツールです。「公開状態になっているストレージバケットがないか」「多要素認証が設定されていないアカウントがないか」などを自動監視し、事故を未然に防ぎます。

【代表的な製品】
・Palo Alto Networks Prisma
・Cloud Tenable Cloud Security

CASB(Cloud Access Security Broker)

従業員が利用しているクラウドサービス(SaaS)を可視化・制御するソリューションです。会社が許可していない「シャドーIT」の検出や、機密データのクラウドへのアップロード制限などを行います。

【代表的な製品】
・Netskope
・McAfee
・MVISION Cloud

アイデンティティとアクセス管理(IAM)

「誰が」「何に」アクセスできるかを制御することは、セキュリティの基本中の基本です。ID管理と認証の高度化が求められています。

最小権限の原則

ユーザーには、業務遂行に必要な最小限の権限のみを付与します。管理者権限は特定の作業時のみ利用するようにし、常用は避けます。これにより、万が一IDが侵害された場合の被害範囲を限定できます。

多要素認証(MFA)の必須化

パスワードだけの認証はもはや安全ではありません。パスワード(知識情報)に加え、スマートフォンアプリ(所持情報)や指紋(生体情報)などを組み合わせる多要素認証(MFA)を、特にリモートアクセスや管理者アクセスの場面で強制します。

特権ID管理(PAM)

システムの管理者権限を持つ「特権ID」は攻撃者にとって最も価値のある情報です。特権ID管理ツールを導入し、パスワードの定期的な自動変更、申請・承認ベースの利用、操作ログの動画記録などを行い、厳重に管理します。

IDaaS(Identity as a Service)

クラウド上の認証基盤です。社内システムや各種クラウドサービス(SaaS)へのシングルサインオン(SSO)を実現し、ID管理を統合します。退職者のID削除漏れを防いだり、多要素認証(MFA)を一括導入したりするために不可欠です。

【代表的な製品】
・Okta Identity Cloud
・Microsoft Entra ID(旧 Azure Active Directory)
・ HENNGE One

特権ID管理(PAM:Privileged Access Management)

システム管理者権限(特権ID)を管理・監査するための専用ツールです。特権IDの貸し出しワークフロー、パスワードの自動変更、操作画面の録画などの機能を提供し、内部不正や特権IDの奪取による被害を防ぎます。

【代表的な製品】
・CyberArk
・BeyondTrust

ログ管理と監視体制(モニタリング)

どれほど強固な防御壁を築いても、攻撃を完全に防ぐことは不可能です。そのため、「いつ」「どこで」「何が」起きたかを把握し、異常を早期に発見する仕組みが必要です。

統合ログ管理とSIEM

ファイアウォール、サーバー、エンドポイント、認証サーバーなど、様々な機器から出力されるログを一元的に収集・保管します。さらに、SIEM(Security Information and Event Management)を活用してこれらのログを相関分析し、単体の機器では気づかない高度な攻撃の兆候を検知します。

SOC(Security Operation Center)

24時間365日体制でセキュリティ監視を行う組織または機能を設計に組み込みます。自社での構築が困難な場合は、外部のマネージドセキュリティサービス(MSS)を利用することも検討します。

SIEM(Security Information and Event Management)

ネットワーク機器、サーバー、EDR、認証サーバーなどから大量のログを収集し、相関分析を行います。例えば「数回のログイン失敗の後に、大量のデータを外部へ送信し始めた」といった、単体の機器では分からない複合的な攻撃の兆候を検知します。

【代表的な製品】
・Splunk Enterprise Security
・IBM QRadar
・Microsoft Sentinel

脆弱性管理ツール

ネットワーク内のOSやアプリケーションをスキャンし、既知の脆弱性が存在しないかをチェックします。攻撃者が狙うセキュリティホールをいち早く発見し、修正するために使用します。

【代表的な製品】
・Tenable
・Nessus
・Qualys

インシデント対応と復旧設計

セキュリティインシデントが発生した際、いかに迅速に復旧できるかがビジネスへの影響を左右します。

バックアップとリストア設計

ランサムウェア対策として、データのバックアップは必須です。バックアップデータ自体が暗号化されたり削除されたりしないよう、ネットワークから切り離した場所(オフライン)や、不変(イミュータブル)ストレージに保存する設計を行います。また、定期的にリストア(復元)訓練を行い、実際にデータが戻せることを確認します。

CSIRTの設置と対応フロー

セキュリティインシデント対応チーム(CSIRT)の役割を定義し、有事の際の連絡網、意思決定プロセス、外部機関への報告手順などを定めた対応フロー(プレイブック)を策定します。

セキュリティ設計のプロセス

最後に、実際にセキュリティ設計を進める際の手順について整理します。

  1. 現状分析とリスク評価 守るべき情報資産を洗い出し、それに対する脅威と脆弱性を分析します(リスクアセスメント)。ビジネスへの影響度を考慮し、優先順位をつけます。
  2. セキュリティポリシーの策定 組織としてのセキュリティ方針を明文化し、ガイドラインを作成します。これが技術的な設計の要件となります。
  3. 要件定義と基本設計 具体的なセキュリティ機能(ファイアウォール、認証基盤、ログ管理など)をシステム構成に落とし込みます。
  4. 詳細設計と実装 パラメータ設定や運用手順の詳細を決定し、構築を行います。
  5. テストと脆弱性診断 設計通りに機能しているかを確認するとともに、脆弱性診断(ペネトレーションテスト)を実施し、リリース前に潜在的な欠陥を修正します。

結論

ITインフラにおけるセキュリティ設計は、単なる製品の導入ではなく、組織のポリシー、運用プロセス、そして技術が三位一体となった包括的な取り組みです。ネットワークの境界防御からエンドポイントでの検知、そしてクラウドの保護に至るまで、攻撃者の視点に立ち、隙のない多層防御を構築することが求められます。

また、セキュリティに「完璧」や「完了」はありません。新たな脅威は日々生まれています。一度設計して終わりではなく、PDCAサイクルを回し続け、常に最新の脅威情報に基づいてインフラを進化させていく姿勢こそが、最も重要なセキュリティ対策と言えるでしょう。

ユーザー様、本解説が貴社のITインフラ設計の一助となれば幸いです。もし特定の技術領域(例:ゼロトラストの具体的な導入ステップや、クラウドセキュリティ設定の詳細など)についてさらに深掘りしたい場合は、ぜひお申し付けください。