近年、企業のITインフラは急速にクラウド化が進み、従来のオンプレミス型ネットワークを前提としたセキュリティ対策では十分に対応しきれないケースが増えてきました。
そこで注目を集めているのが、クラウドベースのセキュリティソリューションを提供する「Zscaler(ゼットスケーラー)」です。
本記事では、Zscalerの概要やその仕組み、そして従来から利用されてきたVPNとの比較(VPNとの違い)を中心に解説いたします。
1. Zscalerが誕生した背景
企業のIT環境はここ数年で大きく変化しました。以前はオンプレミス(自社データセンターなど)のリソースを利用する形態が中心で、セキュリティ対策もファイアウォールやプロキシサーバ、IPS/IDSなど、境界(ペリメータ)を固める手法が主流でした。しかしクラウドサービスの普及やテレワークの増加などにより、以下のような課題が生じています。
- 拠点外からのアクセス増加: 社内ネットワークに従属して仕事をするのではなく、リモートワークやモバイルワークなど場所を選ばない働き方が当たり前になった。
- SaaS利用の拡大: Office 365やSalesforceなど、クラウド上で提供されるビジネスアプリケーションを利用するケースが増え、通信経路が複雑化。
- 従来のセキュリティの制限: 境界に設置したファイアウォールやVPN集中装置を経由することで、通信が遅延する・運用が複雑になるなどの問題が顕在化。
こうした背景を受け、クラウド上でプロキシやファイアウォール機能を提供し、柔軟かつ安全にインターネットやクラウドサービスへアクセスできる環境を構築する「クラウド型セキュリティサービス」が注目されてきました。
Zscalerは、このクラウド型セキュリティサービスの代表的な存在として、世界中の企業や組織に導入が進んでいます。
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2. Zscalerの基本的な仕組み
Zscalerは、企業が利用するインターネット通信やクラウドサービスへのアクセスをクラウド上で集約し、包括的なセキュリティ機能を提供します。
利用者はオンプレミスにセキュリティ機器を導入するのではなく、Zscalerが世界各地に展開しているデータセンター(クラウドプラットフォーム)を経由することで、Webゲートウェイの機能やファイアウォール機能などを利用することができます。
2-1. トラフィックのリダイレクト
Zscalerを導入すると、従業員の端末や拠点のネットワーク機器から出るトラフィックを、Zscalerのクラウドへリダイレクトするよう設定します。一般的には、以下の方法が用いられます。
- Zscalerアプリの導入
ユーザーのPCやスマートフォン、タブレットなどに専用のZscalerアプリをインストールし、すべての通信を自動的にZscalerのクラウドに接続する。 - パケットフォワーダ(GREトンネル/IPsec VPNなど)の設定
拠点のルータやファイアウォール機器を使って、拠点からのトラフィックをまとめてZscalerクラウドにトンネル接続する。
このように、ユーザーや拠点からの通信をまずZscalerに流し込むことで、Zscaler側がプロキシサーバとしての役割を果たし、セキュリティチェックを行いながらインターネットやクラウドサービスへ接続する形となります。
2-2. クラウドネイティブなセキュリティ機能
Zscalerのプラットフォームはマルチテナント型のクラウドアーキテクチャで構築されており、以下のような機能を一元的に提供しています。
- Secure Web Gateway(SWG)
URLフィルタリングやマルウェア検知、SSL検査など、従来のプロキシが提供していた機能をクラウド上で実装。 - Cloud Firewall
トラフィックのポート/プロトコル制御、アプリケーション制御などをクラウドファイアウォールとして提供し、拠点側の導入機器を最小限に削減。 - Advanced Threat Protection
サンドボックス機能や脅威インテリジェンスを活用し、マルウェアやランサムウェアなどの未知の攻撃を早期に検知・ブロック。 - CASB(Cloud Access Security Broker)機能
SaaSアプリケーション利用時のデータ漏えい防止やシャドーITの可視化など、クラウドサービスの利用リスクを管理。 - Zero Trust Network Access(ZTNA)機能
従来のVPNに代わり、ユーザーとアプリケーション間を安全にブリッジするゼロトラストアクセスを実現。
Zscalerを導入すれば、オンプレミスに複数のセキュリティ製品を連携させる代わりに、クラウド上の単一プラットフォームで包括的なセキュリティ対策を実施できるのが大きな強みです。
3. ZscalerとVPNとの違い
ここからは、本記事のキーワードの一つである「VPNとの違い」に焦点を当てます。
企業がリモートワークや出先から社内リソースにアクセスする際、従来はVPN(仮想プライベートネットワーク)の利用が一般的でした。しかしZscalerは、VPNと異なるアプローチで安全な通信を実現しています。
3-1. 従来のVPNの課題
VPNは、インターネット上に暗号化されたトンネルを作り、社内ネットワークに接続する仕組みです。
これによってリモートユーザーは、あたかも社内LANにいるかのように社内システムへアクセスできます。しかし、以下のような課題が指摘されることが増えてきました。
- パフォーマンスのボトルネック
VPN装置を経由するため、全トラフィックが社内を経由してしまう「バックホール」構成になりがち。SaaSを使うにも社内VPNを通す必要があり、アクセスが遅延しやすい。 - 運用負荷の増大
VPNユーザーが増加するとVPNゲートウェイに負荷がかかり、帯域の確保やライセンス管理などの運用が複雑化。 - ゼロトラストの考え方に合わない
VPN利用者は基本的に「社内ネットワークにつながっている」という状態を与えられるため、ネットワーク上で横移動されるリスクがある。万一アカウントが乗っ取られると、社内リソースが広範囲に危険にさらされる。
3-2. Zscalerにおけるゼロトラストアクセス
Zscalerは「Zero Trust」の考え方に基づき、ユーザーやデバイスを常に検証し、必要最小限のリソースにのみアクセスを許可するという仕組みを提供します。
ZscalerのZTNA(Zero Trust Network Access)では、ユーザーがまずZscalerクラウドと通信し、そこで認証や端末の状態チェックなどを行ったうえで、必要なアプリケーション(たとえば社内Webアプリなど)へのアクセスが許可される仕組みです。
この際、社内リソースとユーザー間に直接的なネットワークトンネルを張るわけではなく、Zscalerがブローカー(仲介役)となります。
ユーザーがアクセスできるのは、認可された特定のアプリケーションに限定され、社内ネットワーク全体に入り込めるわけではありません。これにより、侵害リスクの大幅な低減が期待できます。
3-3. トラフィックの最適化とユーザー体験
VPNの場合、すべての通信を社内を経由させるバックホール構成になりがちですが、Zscalerではクラウド上のデータセンターを利用し、ユーザーの地理的に最も近い拠点を経由してインターネットやSaaSへ接続できます。
その結果、遅延の少ない快適なアクセスが可能となるメリットがあります。また、Zscalerのクラウド自体がインターネットのバックボーンに近い場所に配置されているため、大容量の通信があってもスケーラブルに対応できるのが強みです。
4. Zscaler導入で得られるメリット
Zscalerの導入により、企業は以下のようなメリットを享受できます。
4-1. セキュリティリスクの軽減
Zscalerのクラウドプラットフォーム上で、Webゲートウェイ、ファイアウォール、サンドボックスなどが連携して脅威対策を行うため、外部からのマルウェア侵入や情報漏えいリスクを削減できます。
従来のように個別製品を組み合わせる必要がなく、一元管理で高いセキュリティ水準を維持できるのが特徴です。
4-2. 運用の効率化
クラウドサービスであるZscalerを利用すれば、オンプレミスのハードウェアやソフトウェアの保守・管理、アップデート作業などを大幅に削減できます。
また、ユーザー数が増えてもZscaler側のスケールアウトにより自動的に対応可能なため、企業は柔軟にリソースを拡張できます。
4-3. ユーザー体験の向上
ユーザーがどこからアクセスしても最寄りのZscalerデータセンターを経由するため、VPN利用時に発生しがちな社内経由の遅延を回避しやすくなります。
特にSaaSを多用する企業にとっては、クラウドダイレクトアクセスが快適に利用できる点は大きな魅力です。
4-4. ゼロトラストアーキテクチャへの移行
Zscalerが掲げるゼロトラストの考え方は、今後の企業セキュリティのスタンダードになると予想されます。
VPNで許容されていた「ネットワークごと信頼する」モデルを捨て、ユーザーやデバイス単位で最小権限アクセスを実装することで、侵害リスクを最小限に抑えることができます。
5. Zscaler導入のポイントと注意事項
Zscalerを導入する際には、以下のポイントや注意事項を念頭に置く必要があります。
5-1. ネットワーク構成の見直し
Zscalerの導入は、従来の境界型セキュリティモデルから大きく変わる可能性があります。
拠点ごとのインターネットブレイクアウトや、Zscalerへのトラフィックフォワーディングをどう実装するかなど、ネットワークの基本設計を再検討する必要があります。
5-2. 認証基盤との連携
Zscalerはユーザー認証を行うため、Active DirectoryやAzure AD、OktaなどのIDプロバイダーとの連携が必要です。
シングルサインオン(SSO)や多要素認証(MFA)を導入し、ゼロトラストを支える強固な認証基盤を構築することが重要です。
5-3. ポリシー設定と運用
クラウド上であらゆるトラフィックを制御できるメリットがある反面、ポリシーの設定やルール管理を適切に行わないと、必要な通信までブロックしてしまう、あるいは誤って許可してしまうリスクがあります。
Zscalerの管理画面で綿密にポリシーを設定し、定期的なレビューや監査を行う体制が不可欠です。
5-4. 既存システムとの共存
クラウド完全移行が進んでいない企業では、オンプレミスのシステムも残っている場合が多いでしょう。
ZscalerのZero Trust Network Access機能を用いてオンプレアプリケーションへ安全にアクセスする場合、既存のVPNとの住み分けや置き換えタイミングを慎重に計画することが求められます。
6. まとめ
クラウド時代において、企業のネットワークとセキュリティの在り方は大きな転換期を迎えています。従来型の境界防御モデルやVPNによるリモートアクセスでは、SaaSやリモートワークの普及に十分対応できないことが増えてきました。そうした背景の中で、Zscalerはクラウドネイティブなプラットフォームを基盤とし、包括的なセキュリティ機能を提供することで、企業のDX推進やワークスタイル変革を力強く支援しています。
本記事では、Zscalerの仕組みやVPNとの違いを中心に取り上げました。Zscalerはただ単に「VPNの代替」ではなく、ゼロトラストアーキテクチャを実装するための重要なプラットフォームとして位置づけられています。
クラウド経由で世界各拠点から安全かつ快適にアプリケーションへアクセスできる環境を整えることで、企業は競争力を高め、セキュリティリスクを最小化しながら柔軟な働き方を実現できます。
これからZscalerを検討する企業にとっては、既存のネットワーク構成やセキュリティ製品との連携、運用負荷の見直しなど、考慮すべき事項が多岐にわたります。しかし、それらをクリアして導入に踏み切った企業の多くが、運用コスト削減やセキュリティレベル向上、ユーザー満足度の向上といった恩恵を受けているのも事実です。クラウドファースト、モバイルファーストの時代において、Zscalerのようなクラウド型セキュリティプラットフォームは、もはや不可欠な存在になりつつあると言えるでしょう。
もし、これからZscalerの導入を検討するのであれば、ネットワークの再設計やポリシー策定を含めた全体的なプランをしっかりと立て、パートナー企業やZscalerの専門家と連携しながらプロジェクトを進めることをおすすめします。VPNとの大きな違いを理解しつつ、新しいセキュリティアーキテクチャを効果的に取り入れることで、クラウド時代にふさわしい安全なアクセス環境を構築していきましょう。