企業のセキュリティ対策において、従来のアンチウイルスソフト(EPP)だけでは防ぎきれないサイバー攻撃が増加しています。特にランサムウェアや標的型攻撃の巧妙化に伴い、侵入後の検知と対応を可能にするEDR(Endpoint Detection and Response)の導入がスタンダードになりつつあります。
しかし、市場には数多くのソリューションが存在し、どれを選定すべきか悩まれる担当者様も多いことでしょう。
本記事では、主要なエンドポイントセキュリティ製品である「Microsoft Defender for Business」「Cybereason」「CrowdStrike」「Trend Micro」の4製品について、それぞれの特徴、メリット、デメリットを詳細に解説します。製品選定の一助となれば幸いです。
エンドポイントセキュリティ選定の重要ポイント
各製品の解説に入る前に、比較検討する際の軸となる視点を整理します。現代のEDR製品に求められるのは、単なるウイルスの検知率だけではありません。
- 検知の精度と誤検知の少なさ
- 管理画面(コンソール)の使いやすさ
- PC(エンドポイント)への負荷
- 導入コストと運用コスト
- 日本語サポートの品質
これらを総合的に判断し、自社の組織体制(専任のセキュリティ担当がいるか、兼任かなど)に合った製品を選ぶことが重要です。それでは、各製品の詳細を見ていきましょう。
Microsoft Defender for Business
Microsoft Defender for Businessは、Windows OSを提供しているマイクロソフト自身が開発・提供しているセキュリティソリューションです。特に中小企業(300ライセンス以下)向けに最適化されており、Microsoft 365 Business Premiumなどのライセンスに含まれている点が最大の特徴です。
製品の特徴
OSに標準で組み込まれている「Defender」の機能を、企業向けに管理・強化したものです。追加のエージェント(常駐ソフト)をインストールする必要がなく、有効化するだけですぐに利用開始できる点が強みです。Windows OSのカーネルレベルで動作するため、OSのアップデートと連動した最新の保護が受けられます。
メリット
- 圧倒的なコストパフォーマンス
Microsoft 365 Business Premiumを利用している場合、追加費用なしで利用できます。単体購入の場合でも、他社製品と比較して安価に設定されています。 - エージェント導入の手間が不要
Windows 10/11には機能が内蔵されているため、展開作業が非常にスムーズです。競合する他社ソフトとの競合(コンフリクト)を気にする必要もありません。 - 高い検知率
世界中のWindows端末から収集される膨大な脅威インテリジェンスを活用しており、第三者機関のテストでも常にトップクラスの検知率を記録しています。
デメリット
- 管理画面の複雑さ
機能が非常に多岐にわたるため、管理ポータル(Microsoft 365 Defender)の操作が複雑です。直感的に操作するには一定の学習コストが必要となり、どこに何の設定があるか迷うことがあります。 - 他OSへの対応
Windows以外のOS(Mac、iOS、Android)にも対応していますが、Windowsと比較すると機能制限があったり、別途アプリの導入が必要だったりと、管理の一貫性が若干劣る場合があります。 - サポート体制の課題
マイクロソフトの直接サポートは回答に時間がかかる場合があるため、迅速な日本語サポートを求める場合は、質の高い販売代理店を選定する必要があります。
Cybereason(サイバーリーズン)
イスラエルの軍事用セキュリティ技術を背景に持つCybereasonは、日本国内でも非常に高いシェアを持つEDR製品です。攻撃の「予兆」を検知し、一連の攻撃をストーリーとして可視化することに長けています。
製品の特徴
最大の特徴は管理画面の分かりやすさです。個々のアラートを羅列するのではなく、それらを関連付けて「MalOp(マロップ:悪意ある操作)」という一つのインシデントとして表示します。「いつ、どこから侵入し、どの端末に広がり、何をしたか」が時系列でグラフィカルに表示されるため、専門知識が少ない担当者でも状況を把握しやすい設計になっています。
メリット
- 直感的な可視化(MalOp)
膨大なログの中から攻撃の全体像を自動で組み立ててくれるため、管理者がログを突き合わせて分析する時間を大幅に削減できます。 - 国内シェアとサポート品質
日本市場に力を入れており、日本語の管理画面やレポート、国内サポートの品質が非常に高いです。ソフトバンクグループが出資していることもあり、国内の導入実績が豊富で安心感があります。 - 動作の軽快さ
ユーザーモードで動作するため、OSへの影響が少なく、PCの動作が重くなりにくい設計になっています。
デメリット
- 導入コスト
高機能である分、ライセンス費用は比較的高額になる傾向があります。特に小規模な導入では割高に感じられる場合があります。 - 過検知のチューニング
環境によっては、正規の管理ツールや独自の業務アプリを不審な挙動として検知する場合があり、導入初期には除外設定などのチューニングが必要です。 - 防御機能(EPP)の立ち位置
EDR(検知・対応)として非常に優秀ですが、防御(EPP)部分は「Cybereason NGAV」として提供されており、他社の強力なアンチウイルスエンジンと比較検討されることがあります。
CrowdStrike Falcon(クラウドストライク ファルコン)
CrowdStrikeは、「クラウドネイティブ」を前提に設計された、現在のEDR市場におけるリーダー的存在です。世界中の大企業や政府機関で採用されており、高度な標的型攻撃への対抗策として評価されています。
製品の特徴
「Falcon Sensor」と呼ばれる非常に軽量なシングルエージェントを端末に導入し、検知や分析の処理をほぼすべてクラウド上で行います。これにより、端末への負荷を最小限に抑えつつ、高度な分析を可能にしています。「1分で検知、10分で調査、60分で封じ込め」という「1-10-60ルールの実現」を掲げています。
メリット
- 極めて軽量なエージェント
処理をクラウドにオフロードしているため、端末のCPU使用率やメモリ消費量が非常に少なく、業務の妨げになりません。定義ファイルの更新作業も不要です。 - 高度な脅威ハンティング(OverWatch)
オプションで提供されるマネージドサービス「OverWatch」では、CrowdStrikeの専門家チームが24時間365日体制で脅威を監視し、AIが見逃すような高度な攻撃を人手で検知します。 - リアルタイム性と可視性
クラウドベースであるため、管理画面への反映がほぼリアルタイムです。社内ネットワークにいない在宅勤務中の端末の状態も即座に把握できます。
デメリット
- コストが高い
市場でも最高レベルの価格帯に位置します。高度なセキュリティを必要とする組織向けであり、予算が限られる中小企業にはハードルが高い場合があります。 - インターネット接続が必須
検知ロジックの多くをクラウドに依存しているため、オフライン環境(インターネットに接続されていない閉域網など)では機能が制限される場合があります。 - 専門知識が必要
得られる情報量が非常に多く詳細であるため、使いこなすにはセキュリティに関する一定の知識レベルが求められます。
Trend Micro (Apex One / Vision One)
トレンドマイクロは、ウイルスバスターで知られる国内セキュリティベンダーの最大手です。長年の実績と信頼があり、日本企業の文化や運用に深く根差した製品展開を行っています。
製品の特徴
企業向け製品として「Apex One」がEPPとEDRの機能を統合して提供されており、さらに上位のXDRプラットフォームとして「Trend Vision One」が展開されています。オンプレミス環境からクラウド環境への移行期にある企業や、既存のトレンドマイクロ製品を利用している企業にとって親和性が高いです。
メリット
- EPPとEDRの統合
従来からのアンチウイルス機能(EPP)とEDR機能が統合されており、一つのエージェントで対応可能です。既存のウイルスバスターコーポレートエディションからの移行パスも用意されています。 - 圧倒的な日本語サポートとドキュメント
国産ベンダーであるため、マニュアル、管理画面、サポート対応のすべてにおいて日本語の品質が完璧です。パートナー企業も多く、導入支援を受けやすい環境が整っています。 - 幅広い環境への対応
最新のOSだけでなく、古いOSやサーバーOSへの対応期間が長い傾向があり、レガシーシステムを抱える日本企業にとっては頼りになる存在です。
デメリット
- エージェントの重さ
歴史的に多機能化してきた経緯があり、競合のクラウドネイティブな製品と比較すると、端末への負荷(メモリ消費やスキャン時の重さ)を感じる場合があります。 - 製品構成の複雑さ
オンプレミス版、SaaS版、XDR機能などが混在しており、どのライセンスで何ができるのか、どの管理サーバーを使うべきかが分かりにくい場合があります。 - クラウド移行の過渡期
現在、オンプレミス型からクラウド型(Vision One)への移行を進めていますが、その過渡期において管理コンソールが分かれたり、運用フローの変更が必要になったりするケースがあります。
4製品の比較まとめ
これら4製品を比較する際、機能の優劣だけでなく「誰が運用するのか」「予算はどれくらいか」という視点が不可欠です。
コスト重視・Microsoft 365ユーザーの場合
推奨:Microsoft Defender for Business 既にMicrosoft 365の上位プランを契約しているなら、まずはこれを使わない手はありません。追加コストゼロで、エンタープライズグレードのセキュリティが手に入ります。運用管理を外部ベンダーに委託できる(MDRサービスなどを利用する)なら、さらに強力な選択肢となります。
運用負荷軽減・分かりやすさ重視の場合
推奨:Cybereason 「セキュリティの専門家はいないが、万が一の時に何が起きたか把握したい」という組織に最適です。MalOpによる可視化は、経営層への報告や迅速な意思決定を強力に支援します。日本国内でのサポートの手厚さも魅力です。
最高レベルの防御・専門チームがいる場合
推奨:CrowdStrike 予算があり、SOC(セキュリティオペレーションセンター)や専任の担当者がいる場合、あるいは最高品質のマネージドサービスを受けたい場合はCrowdStrikeが第一候補です。クラウドネイティブの軽快さと、世界最高峰の検知能力を享受できます。
国内実績・安心感・既存環境の維持重視の場合
推奨:Trend Micro 長年トレンドマイクロ製品を使っており、運用フローを大きく変えたくない場合や、日本語での手厚いサポートを最優先する場合に適しています。既存の販売代理店との関係を維持しながら、EDR/XDRへとステップアップできます。
結論
セキュリティ対策に「銀の弾丸(万能な解決策)」は存在しません。しかし、自社のリソースと守るべき資産のバランスを見極めることで、最適な製品を選ぶことは可能です。
- Microsoft Defenderは、統合とコスト効率の王者です。
- Cybereasonは、運用の可視化とストーリーテリングの達人です。
- CrowdStrikeは、先進技術とスピードのエリートです。
- Trend Microは、日本企業の現場を知り尽くしたベテランです。
それぞれのメリットとデメリットを比較し、カタログスペックだけでなく、実際の運用をイメージして選定することをお勧めします。可能であれば、PoC(概念実証)を行い、管理画面の使い勝手や自社アプリとの相性を確認してから導入を決定してください。
セキュリティは導入して終わりではなく、運用してからが本番です。自社のチームが「使いこなせる」製品こそが、最強のセキュリティソリューションとなるでしょう。

