【解説】CSIRTは何かを解説します

現代の企業活動において、ITシステムの活用は必要不可欠です。しかし、それに比例してサイバー攻撃のリスクも年々高まっています。かつては「ウイルス対策ソフトを入れておけば安心」という時代もありましたが、現在は高度化・巧妙化する脅威に対し、組織的な対応が求められるようになりました。

そこで注目されているのが「CSIRT(シーサート)」です。本記事では、セキュリティ担当者や経営層の方々に向けて、CSIRTの基礎知識から、なぜ今必要なのか、SOCとの違い、そして構築のポイントまでを解説していきます

CSIRTとは何か?基本的な定義

CSIRTとは、Computer Security Incident Response Teamの略称です。日本語では「コンピュータセキュリティインシデント対応チーム」と訳されます。

企業や組織において、サイバー攻撃やウイルス感染、情報漏洩などの「セキュリティインシデント」が発生した際に、緊急対応を行うための専門組織を指します。火事に例えるならば、日頃の防火活動を行いつつ、いざ火災が発生した際には直ちに現場へ急行し、消火・救助・原因調査を行う「消防隊」のような役割を担っています。

CSIRTの読み方と歴史

一般的に「シーサート」と読みます。 CSIRTの概念は、1988年に米国で発生した「モリスワーム」事件をきっかけに生まれました。インターネットの黎明期に起きたこの大規模な感染事件を受けて、米国カーネギーメロン大学に「CERT/CC(Computer Emergency Response Team / Coordination Center)」が設立されました。これが世界初のCSIRTと言われています。

日本では、JPCERT/CC(JPCERTコーディネーションセンター)が日本の窓口として活動しており、近年では一般企業内にも「社内CSIRT」を設置する動きが加速しています。

なぜ今、CSIRTが必要とされるのか

企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中で、CSIRTの重要性はかつてないほど高まっています。その背景には、大きく分けて3つの理由があります。

1. 防御の限界と侵入前提の対策へのシフト

かつてのセキュリティ対策は、ファイアウォールやアンチウイルスソフトによって、外部からの攻撃を「内部に入れない」ことが主眼でした。これを「境界防御」と呼びます。 しかし、クラウドサービスの普及やテレワークの拡大により、守るべき境界は曖昧になりました。さらに、サイバー攻撃の手口は非常に高度化しており、どんなに強固な防御壁を築いても、100%防ぐことは不可能と言われています。

そのため、現在のセキュリティ対策は「侵入されることを前提」として、侵入された後に「いかに早く気づき、被害を最小限に抑え、復旧するか」という点に重点が置かれていますこの事後対応の司令塔となるのがCSIRTです。

2. インシデント発生時の経営リスクの増大

ひとたび情報漏洩やシステム停止が発生すれば、企業が被る損害は計り知れません。

  • 業務停止による利益の損失
  • 顧客への損害賠償
  • 原因調査やシステム復旧にかかるコスト
  • ブランドイメージの失墜と顧客離れ
  • 監督官庁への報告や法的責任

これらの対応を現場の担当者任せにしていては、判断が遅れ、被害が拡大する恐れがあります。経営層と連携し、迅速に意思決定を行い、対外的な対応も含めてコントロールする組織的な機能が必要なのです。

3. サプライチェーンリスクへの対応

大企業だけでなく、その取引先である中小企業を狙い、そこを踏み台にして本丸の企業へ侵入する「サプライチェーン攻撃」が増加しています。 取引条件として、一定レベルのセキュリティ体制(CSIRTの設置や有事の対応手順の整備)を求められるケースも増えてきました。ビジネスを継続する上でも、CSIRT機能の保持は必須条件となりつつあります。

CSIRTの具体的な役割と活動内容

CSIRTの活動は、インシデントが発生した際の「リアクティブ(事後対応)」な活動と、発生を防ぐための「プロアクティブ(事前対応)」な活動、そして品質向上のための活動に大別されます

インシデントハンドリング(事後対応)

これがCSIRTの最も核となる業務です。インシデント発生の報告を受けると、以下のフローで対応を進めます。

  1. 検知と受付 従業員からの通報や、監視システムからのアラートを受け付けます。何が起きているのか、第一報を確認します。
  2. トリアージ(優先順位付け) 報告された事象が本当にインシデントなのか、どの程度のリスクがあるのかを判断します。緊急度と影響度を評価し、直ちに対応すべきか否かを決定します。
  3. インシデントレスポンス(対応) 被害の拡大を防ぐための封じ込め(ネットワーク遮断など)、原因の根絶(ウイルスの駆除など)、システムの復旧を行います。
  4. 報告と公表 社内の関係部署や経営層へ状況を報告します。また、顧客情報が漏洩した可能性がある場合などは、広報や法務と連携し、対外的な公表や警察・監督官庁への届け出を行います。

事前対応と品質向上活動

有事に備え、平時から行う活動も極めて重要です。

  • 脆弱性情報の収集と発信 使用しているOSやソフトウェアの脆弱性情報を収集し、社内の該当部署へ注意喚起やパッチ適用を促します。
  • セキュリティ教育・啓発 従業員に対して、不審なメールを開かないための訓練や、セキュリティポリシーの周知徹底を行います。
  • インシデント対応演習 実際にインシデントが起きたと想定し、机上訓練や実動訓練を行います。連絡網が機能するか、手順書に不備がないかを確認します。

間違いやすい「SOC」と「CSIRT」の違い

CSIRTとよく混同される言葉に「SOC(ソック:Security Operation Center)」があります。両者は密接に連携しますが、その役割は明確に異なります。

SOC:監視と検知のスペシャリスト

SOCは、ファイアウォールやIDS/IPS、サーバーなどのログを24時間365日体制で監視・分析する組織です。 例えるなら「警備室の監視カメラ担当」です。異常な通信や攻撃の予兆を見つけ出し、それが危険なものであるかを分析して、CSIRTに通知する役割を担います。

CSIRT:対応と判断のスペシャリスト

CSIRTは、SOCからの通知や従業員からの連絡を受けて、実際に動く組織です。 例えるなら「現場に駆けつける警備員や警察、救急隊」です。SOCが「異常あり」と判断した情報をもとに、端末をネットワークから切り離したり、全社的な指示を出したり、経営判断を仰いだりします。

両者の連携イメージ

  1. SOCがログを分析し、攻撃の痕跡を発見する。
  2. SOCが「危険度高」と判断し、CSIRTへ通報する。
  3. CSIRTが通報を受け、被害範囲を調査し、封じ込め指示を出す。
  4. CSIRTが再発防止策を策定し、SOCの監視ルールに追加するよう依頼する。

このように、SOCが「目」となり、CSIRTが「手足」および「頭脳」となって動くことで、セキュリティ対策は機能します。

CSIRTの種類と構築モデル

一言でCSIRTと言っても、その形態は組織によって様々です。

組織内CSIRT(Internal CSIRT)

一般企業や行政機関の中に設置されるCSIRTです。自組織のセキュリティを守ることを目的とします。多くの企業が目指しているのはこの形です。 メンバーは専任の場合もありますが、日本の企業の多くは、情報システム部や総務部などのメンバーが兼任で構成する「兼任型CSIRT」からスタートしています。

国際・国家CSIRT(National CSIRT)

国レベルの調整を行うCSIRTです。日本ではJPCERT/CCがこれに該当し、国内のインシデント情報の取りまとめや、海外のCSIRTとの連携を行っています。

ベンダーCSIRT

製品開発ベンダーが自社製品の脆弱性に対応するために設置するチームや、セキュリティベンダーが顧客向けにCSIRT機能を提供するサービスなどがあります。

企業におけるCSIRT構築のステップ

では、実際に自社でCSIRTを構築するにはどうすればよいのでしょうか。以下のステップで進めるのが一般的です。

ステップ1:構想策定と現状把握

まず、なぜCSIRTを作るのか(設立趣意)を明確にします。「他社がやっているから」ではなく、自社の守るべき資産は何か、どの程度のリスクまで許容するのかを定義します。 この段階で、経営層の理解と承認を得ることが最も重要です。CSIRTは時に、ビジネスを止める(サーバーを止める等)権限が必要になるため、経営の後ろ盾が不可欠だからです。

ステップ2:CSIRTの定義(CSIRT記述書の作成)

CSIRTの役割や権限、対応範囲(Constituency)を文書化します。

  • どの部署、どの子会社までを守るのか?
  • どのようなインシデントに対応するのか?
  • 誰がリーダーで、誰が広報担当か? これらをまとめたものを「CSIRT記述書」と呼びます。

ステップ3:体制の構築とリソースの確保

メンバーを選定します。ITスキルの高いエンジニアだけでなく、以下の役割が必要です。

  • インシデントマネージャー(指揮官)
  • 技術担当(ログ解析、システム対応)
  • 法務・広報担当(対外対応、法的判断)
  • 事務局(連絡調整)

最初は少人数の「消防団」のような兼任チームで構いません。重要なのは、有事の際に誰が動くかが決まっていることです。

ステップ4:ツールの導入と手順書の整備

インシデント管理ツールや、フォレンジック(証拠保全)ツール、連絡用ツールなどを整備します。 また、具体的な対応手順(プレイブック)を作成します。「ランサムウェアに感染した場合」「PC紛失の場合」など、シナリオ別に対応フローを作っておくと、いざという時に迷わず動けます。

ステップ5:運用開始と演習

体制ができたら運用を開始し、社内に周知します。そして、定期的に演習を行います。演習で見つかった課題をもとに、手順書や体制を見直すPDCAサイクルを回すことが、実効性のあるCSIRTへの近道です。

CSIRT運営における課題と解決策

CSIRTを立ち上げたものの、うまく機能しないという悩みも多く聞かれます。代表的な課題とその解決策を挙げます。

課題1:人材不足とスキル不足

セキュリティの専門家は市場全体で不足しており、採用は困難です。また、社内育成にも時間がかかります。

  • 解決策 外部の専門ベンダーを活用しましょう。高度なログ分析やマルウェア解析は外部の専門家に任せ、社内CSIRTは「社内調整と判断」に集中するという役割分担が現実的です。

課題2:形骸化(名ばかりCSIRT)

設置しただけで活動実態がなく、いざという時に動けないケースです。

  • 解決策 平時の活動をルーチン化することです。週に一度の脆弱性情報の共有会や、半年に一度の小規模訓練など、定期的な活動を通じてメンバーの意識を維持します。

課題3:バーンアウト(燃え尽き症候群)

CSIRTメンバーは常に緊張状態に置かれ、インシデント発生時は深夜休日を問わず対応を迫られることがあります

  • 解決策 ローテーション制を導入したり、評価制度を見直してCSIRT活動を正当に評価したりするなど、モチベーション管理とメンタルケアが必要です。

日本におけるCSIRTコミュニティ

CSIRT担当者は孤独になりがちですが、日本には強力なコミュニティが存在します。

代表的なのが「日本シーサート協議会(NCA)」です。 様々な企業のCSIRT担当者が集まり、最新の脅威情報の共有や、悩みの相談、ワーキンググループでの活動を行っています。自社だけで解決しようとせず、こうしたコミュニティに参加し、「信頼の輪」を広げておくことは、有事の際の大きな助けとなります。

まとめ:セキュリティは「点」から「面」の対応へ

本記事では、CSIRTの定義から構築、運用までを解説してきました。 CSIRTの構築は、単に新しい部署を作ることではありません。組織全体に「セキュリティインシデントは必ず起こる」という意識を植え付け、有事に全社一丸となって立ち向かうための「神経網」を張り巡らせる活動です。

サイバー攻撃との戦いは終わりがありません。しかし、しっかりとしたCSIRTが存在し、SOCや外部機関と連携していれば、被害を最小限に抑え、迅速にビジネスを復旧させることができます。 「何かあってから」ではなく、平時の今こそ、CSIRTの構築や見直しに着手してみてはいかがでしょうか。