インターネット広告は、配信面、配信経路、計測ツール、入札ロジックなど多層の仕組みの上に成り立っています。この複雑さを悪用し、実在しない閲覧やクリック、架空のインストールやコンバージョンを捏造して広告費をだまし取る行為がアドフラウドです。
英語では広告詐欺や広告不正と呼ばれ、広告主、メディア、ユーザーの信頼を損ねる大きな課題になっています。本記事では、アドフラウドの基本、仕組み、主な種類、見抜き方、そして実務で役立つ対策までを丁寧に解説します。
なぜアドフラウドが問題なのか
アドフラウドは単なる無駄遣いにとどまりません。指名検索の増減やブランド想起の測定を歪め、意思決定を誤らせます。機械学習の最適化は過去データに学習しますが、汚れたデータに学習すると不正が多い枠へ配信を拡大してしまいます。
特に動画やアプリは経路が長く在庫も膨大で、対策が甘いと被害が連鎖します。
広告配信と計測の基本の仕組み
アドフラウドを理解するには、正しい配信と計測の流れをおさえることが近道です。ディスプレイや動画広告の場合、次のような流れになります。
- ユーザーがページやアプリを開くと、広告スロットが入札リクエストを送ります
- 複数の買い手がリアルタイム入札で競り合い、落札クリエイティブが返されます
- 広告が描画され、ビューアビリティや再生、クリックなどのイベントが発火します
- 計測タグやSDKが各イベントを記録し、アトリビューションに渡ります
- 結果がレポートされ、入札ロジックや配信先の最適化に反映されます
アドフラウドは、このどこかの段で「人間の行動を装う」か「イベント記録を偽装する」ことで数値を捏造します。たとえば、ボット巡回や不可視表示、計測ピクセルだけの発火などの手口です。
アドフラウドの主な種類
種類は多岐にわたりますが、現場でよく問題になる代表例を体系立てて整理します。
ボットトラフィックとデータセンタートラフィック
スクリプトやヘッドレスブラウザを使い、人工的にページビューやクリックを発生させます。IPやユーザーエージェントを頻繁に切り替え、人間らしい滞在時間やスクロールを再現する高度なものもあります。
クリックファームと報酬誘導
低賃金労働者やポイント目的のユーザーにクリックやインストールを大量に行わせる手口です。短期的にCTRやCVRが上がる一方で、継続率やLTVは極端に低くなります。
広告スタッキングとピクセルスタッフィング
一つの枠に複数の広告を重ねて表示したり、1×1ピクセルなど極小サイズで描画してインプレッションだけ稼ぐ方法です。ビューアビリティの基準を満たしていないにもかかわらず表示として計上されます。
ドメインスプーフィングとアプリスプーフィング
広告交換所に送られるリクエストの配信元を偽り、実際には低品質のサイトやアプリ在庫を有名メディアのように見せかけます。買い手は高品質在庫だと信じて高値で落札してしまいます。
SDKスプーフィングとクリックインジェクション
モバイル領域で多い手口です。アプリが起動していないのに計測用のSDKイベントだけを偽装したり、他アプリのインストール完了直前に不正クリックを差し込んでラストクリックを奪うことで、アトリビューション報酬を不正取得します。
アドウェアやマルウェアによる過剰発火
端末に侵入した不正ソフトがバックグラウンドで広告を読み込み、疑似的な再生やクリックを発生させます。ユーザーは何も見ていないのに、レポートには再生完了やコンバージョンが記録される場合があります。
CTVやOTTの疑似再生
コネクテッドテレビ領域では、プレイヤー外再生や無音ループなどで視聴を装う事例が報告されています。ユーザー一意性の検証が難しい環境では、台数の水増しやログの複製も起きがちです。
不正が成立する仕組み
アドフラウドを支える根っこには、複雑なサプライチェーンと情報の非対称性があります。
- 取引経路が長い
交換所、サプライサイド、リセラー、ネットワークなど多段の経路で在庫が取引されるため、途中で情報が変質しても追跡が難しくなります。 - 計測イベントは「信号」にすぎない
表示や再生、クリックは技術的にはイベントの発火です。画面上の実体験とはズレることがあり、信号だけを偽装できてしまいます。 - 最適化の盲点
アルゴリズムはKPIに忠実です。もしKPIが容易に捏造できるものであれば、不正に高得点を与えてしまい、ますます不正の多い在庫に配信が寄ってしまいます。 - 監査コストの高さ
ログは膨大で、関係者も多く、標準も完全一致ではありません。日々の運用に追われる現場では、後追いの精査が難しくなります。
兆候を見抜く観点
完全排除は困難ですが、次の観点を定期点検すると早期検知につながります。
- 品質指標の乖離
CTRやCVRが高いのに直帰率や継続率、購入単価が異常に悪いときは警戒が必要です。動画では再生完了率が高いのにブランドリフトやサイト流入が伴わない場合も要注意です。 - 分布の歪み
深夜帯に不自然なピークがある、端末モデルやOSバージョンが偏っている、IPの自治体やASNがデータセンターに偏るなどはシグナルになります。 - アトリビューションの不自然さ
ラストクリックが極端に強い、同一デバイスで短時間に多数のインストールが起きる、初回課金までの時間が不自然に短いといった現象は、クリックインジェクションやSDKスプーフィングの疑いがあります。 - ビューアビリティとアテンションの分離
ビューアビリティは高いのに、スクロール到達率やアテンション計測、視聴完了後の行動が弱い場合、スタッキングや無音再生が混じっている可能性があります。
実務で使える対策
アドフラウド対策は単発のツール導入ではなく、設計、運用、計測、契約の四層で重ねるのが基本です。
設計の対策
- 目的KPIの再設計
単純なクリックや安価なインストールではなく、継続率や購入、ブランドリフトなど実体的な成果に近いKPIを主要指標にします。 - 配信先の厳格化
ホワイトリスト運用、カテゴリや国の除外、成人向けやコピーサイトの排除を徹底します。ads.txtやapp-ads.txt、sellers.jsonに対応した在庫を優先します。 - 上限設定
頻度や日予算の上限、クリエイティブごとの露出比率など、異常拡散を抑えるガードレールを設けます。
運用の対策
- プレビッドでのフィルタリング
不正トラフィック検知ベンダーのプレビッド機能を有効化し、IVTと判定された入札は避けます。機械的な除外だけでなく、データセンターASや怪しい端末特性のルールも併用します。 - 異常検知の定例化
日次でKPIの分布、週次で端末や地域の偏り、月次でアトリビューションの変化をレビューするなど、点検のリズムを決めます。 - クリエイティブの工夫
人間にしか反応しづらい行動を求める設計を試します。機械的なクリックだけでは到達できない導線が有効です。
計測の対策
- 多面的な計測
ビューアビリティ、アテンション、ポストビュー流入、ブランドサーベイ、アプリ内行動などを組み合わせ、単一指標に過度依存しない設計にします。 - ログの相互照合
媒体、計測ベンダー、アトリビューション、アプリ側バックエンドのログを突き合わせ、差分の理由を明文化します。SDKバージョンやOSアップデートのタイミングも記録しておきます。 - ポストバックの完全性
MMPや計測SDKのポストバックが途中で遮断されていないか、署名検証やシーケンス番号でなりすましを検出できているかを定期点検します。
契約とガバナンスの対策
- 返金条項と監査権
IVTやSIVTが一定割合を超えた場合の返金、ログ取得と第三者監査の権利を契約に含めます。 - 販売経路の透明性
再販階層の開示、匿名化された供給元の禁止、ads.txt未対応在庫の排除を明記します。 - インシデント対応手順
疑い検知時の連絡経路と停止判断をあらかじめ明文化します。
動画広告ならではの注意点
動画は視聴完了率や再生時間など注目指標が多く、音声の有無や自動再生、プレイヤー面積によって意味が変わります。無音ループや画面外再生でも計上される設計だと悪用されやすくなるため、音声オンの割合やミッドポイント到達率、視認面積、画面フォーカスなどを併記し配信面差を把握します。冒頭三秒で注意を引き、具体的な行動を促す設計は、機械的な再生との切り分けに有効です。
ケーススタディの考え方
例としてアプリインストール広告で、特定ネットワーク経由のインストールが急増し、二日目起動率が低く課金率もゼロに近いケースを考えます。
ラストクリックが同一アフィリエイトIDに偏っていれば、クリックインジェクションやSDKスプーフィングを疑い、当該ネットワークを一時停止。ポストバック監査と他媒体のトレンド照合で整合性を確認し、異常が濃厚なら返金条項を適用、KPIを継続率や課金に寄せて再発を防ぎます。
チェックリスト
- 目的KPIは捏造しづらい指標に設定されているか
- 配信先はads.txtやsellers.jsonに準拠し、再販階層は透明か
- プレビッドの不正フィルタやデータセンター除外は有効化されているか
- 日次、週次、月次の異常検知レビューは運用に組み込まれているか
- アトリビューションの整合性を、他データソースと突き合わせているか
- 契約に返金条項、監査権、インシデント手順が明記されているか
まとめ
アドフラウドは、配信と計測の仕組みの隙を突く「信号の偽装」です。種類は多様ですが、共通するのは人間の注意や行動を装って広告費を奪う点にあります。完全排除は難しいものの、設計、運用、計測、契約の四層で対策を重ね、品質指標の乖離や分布の歪みを継続的に監視すれば、影響を大きく抑えられます。
とりわけ動画やアプリ領域では、視聴条件や行動の質を丁寧に定義し、KPIを実体に近づけることが最大の防御になります。今日からできる小さな改善を重ね、健全な広告エコシステムの維持に一歩ずつ近づいていきましょう。ご参考になれば幸いです。